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第59話 晴れ晴れ

 今日は水曜日だけど、大学を駆け足で急いでた。  今日も、会えるから。  というか、今日は、デートだから。  ちゃんとお母さんにも話して、ご飯いらないですって。 「汰由」 「!」  今日は外泊します、って。 「義信さん!」  彼のところに泊まりますって、言ったんだ。  晶のところで勉強会って誤魔化さなかった。  大学を飛び出たところで呼び止められて、キュキュって音がしそうなほど駆け足にブレーキをかけたんだ。 「お疲れ様。ごめん。待ちきれなくて迎えに来た」  照れ臭かったし、くすぐったくて仕方がなかったけれど。でも、後ろめたさはなかった。だから、大急ぎで貴方のところに行きたかった。 「昨日、帰り際に、汰由にあんなふうにデートに誘ってもらえて子どもみたいに大はしゃぎして」  息を切らして、貴方のところに行こうと思った。 「もう、帰れる?」  そしたら、その貴方が苦笑いをこぼして、少し頬を染めながら、そこにいた。 「はいっ!」  ただそれだけで、俺は、笑われしまいそうなほど元気な声で返事をしちゃった。 「そうだなぁ。何にしようか? 汰由は? お腹空いただろう?」  二人でまたスーパーマーケットで材料を買うことにした。ご飯を一緒に作るんだ。 「ハンバーグはどうかな?」  ど、しよ。変にヘラヘラ笑っちゃってないかな、俺。にやけて緩んだおかしな顔、してない?  今日は、明日の朝まで一緒にいられるんだもの。  だから慌てなくていいし、時間もあんまり気にしない。ゆっくりスーパーマーケットの中をぶらりぶらりって、カートを押しながら何にも急かされることなくお散歩みたいに。  これもデートコースの一部だから。  楽しくて仕方がないんだ。 「汰由?」  貴方のことが。 「いえ、義信さんってけっこう子どもっぽいご飯好きなのかなって。前に連れて行ってもらったお店の一押しもコロッケだったし」  好きでたまらない。 「そう、案外子どもなんだ。好物はハンバーグとコロッケと」 「唐揚げも好きですか?」 「……好き」 「っぷ」 「あれを嫌いな人間なんていないだろう?」 「まぁ、確かに」  義信さんの好物はハンバーグとコロッケと、唐揚げ、覚えておかなくちゃ。  知りたいことはたくさんあるから。どんな色が好き? あ、でもこれはちょっとわかるかも多分青系の淡い色が好きかな。あと、案外、ピンクとかの淡い淡い、白に近いけれど甘いピンク色も好きそう。なんとなく。それからあんまりアクセサリーは好きじゃないみたい。長い指は何をしていてもカッコよくて、アルコイリスにも置いているメンズのアクセサリーとか身につけたらカッコ良さそうだけれど、指輪もペンダントとかも身につけてるの見たことないから。  香りは、少しスパイシーな方が好き。  でも、この距離じゃわからないや。もっともっと、もーっと近くにいかないと気がつけないほど、微かにしか香らないから。抱きしめてもらえたら気がつくくらい。きっと商品である洋服に香りがつかないようにってとても気をつけてるんだと思う。  あの香り、すごく好き。  義信さんにとても似合ってるから。  スパイシーで、上品で、でもどこか情熱的な感じ。  する、時、がそんな感じだから。抱き、かた、っていうのかな。 「汰由?」 「!」 「考え事? 唐揚げ嫌いな人を探してる?」 「! ち、違っ」  もう、本当に。  笑ってしまうくらい、貴方のことで頭がいっぱいになっちゃうんだ。 「あっ、そうだ。じゃあ、オムライスは好きですか?」 「……好き。って、汰由、僕のことを小学生みたいに思ってない?」 「思ってないです、全然」  そんな険しい顔しないでくださいって笑いながら言うと、ちょっと拗ねてしまうところが可愛くて仕方ない。もう十二個も年上なのに可愛いいなんて。打ち明けたら怒るかな。 「じゃあ、汰由の好物は?」 「んー……あ、ひじきの煮物好きです。作れないけど。あと、切り干し大根の煮物も」 「……」 「あとは」 「汰由の好物は逆に」 「あ! 今、俺のこと」 「僕より遥か年上みたいだなと思った、かな」 「あー、言葉やんわりにしてるけど、今」 「でも、何を食べてても汰由は可愛いから安心して」  そう言って、しとやかに微笑むと、義信さんが俺の頭をそっと優しく撫でてくれた。長い指はサラサラだと言ってくれる俺の髪をお気に入りにしてくれて、そっと触れて、その艶感を確かめるようにするりとなぞって、離れた。  もぉ。  ドキドキしちゃうでしょう?  俺は、貴方のこと、好きでたまらないのに。  ねぇ、いつだって貴方のことばかり考えてるんだから、そんなふうに触れたらダメだよ。 「じゃあ今度のデートの時はひじきの煮物と切り干し大根と、それから唐揚げにしょう」 「なんかすごい幅広メニュー」 「楽しそうだ」 「はい」 「今もすごく楽しいよ」  それに伝わるの。 「はいっ」  貴方も俺のこと、好きで、たまらないって思ってくれてるって。 「あとはお酒も飲もうかな」  言葉で、視線で、指先で、伝わるの。 「今日は、送らないから」 「!」 「泊まっていってくれるって」 「! はいっ!」  貴方の全部が教えてくれる。  君が好きだよって。

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