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第63話 悪い子、良い子、可愛い子

 何か、トレーニングとかしてるのかな。  最近、あっちこっちにジムあるもんね。通おうとは思わないけど、でも、もう少し釣り合いが取れるようにはなりたいなぁって。  義信さんのヌードかっこいいんだもん。  背、このくらい高かったら、うーん、同じくらいじゃなくて、あと五センチくらいでいいから高かったらな、とは思うんだ。そしたら、義信さんと並んでいても、なんというか遜色なく見てもらえるかなって。今だと、下手したら親戚の子って感じがしなくもない……気がして。  だって、マダムな常連さんとかね、飴玉よくくれる。未成年とは、流石に思われてはいないよね。  一応、成人はしてるんだけど。  一緒にいる義信さんがカッコ良すぎるからなぁ。  こんな人の全部独り占めしていい、だなんて。 「あ……ン」  抜かれちゃう瞬間、鼻にかかった甘えたような声が溢れた。 「汰由」 「ン」  気持ち、ぃ。  終えたばかりで、熱も残したままの肌はお互いにしっとりと濡れていて、名前を呼んでくれる義信さんの声も、返事をする自分の声も、まだ乱れたまま。そのままに目を閉じて、そっと優しくキスを交わす。 「どこも痛くしてない?」 「は、ぃ」  よかった、って顔をして笑顔で、汗に濡れた俺の黒髪にもキスをしてくれる。 「シャワーじゃなくて、湯に浸かろうか。少し待っていて。水も持ってきてあげるから」  今度は額にキスをされて、義信さんがベッドを降りると、ルームパンツだけを履き、キッチンに行っちゃった。  俺は普段、額を出すことがないからなんだか気恥ずかしくて、そっと髪を整えた。  しばらくしてお風呂のバスタブにお湯をためる時の電子音がして、そのすぐ後に義信さんがペットボトルの水を持ってきてくれた。それからグラスを一つ。そのグラスに半分ほど水を入れて、差し出されて。 「あ、りがとうございます」  お礼を言うと、優しく微笑みながらベッドの端に腰を下ろした。そういうのすら絵になるんだもん。ただベッドの端に座っただけなのに、それでもドキドキさせられちゃう。上半身だけ捻るようにこっちへ身体を向けて、普段はとても紳士的で礼儀正しい人が、片足だけベッドから放り出すように下ろしているのとか。  それに、あの、つまり、上半身、裸で。  ついさっきまでこの人にしがみついてたんだって思っちゃうから、視線を向ける先に迷う。 「あ、の……」 「?」 「そんなに見つめられると水、飲めない、です」  驚かれちゃった。  でも、だって、こんなに好きな人に見つめられてたら飲みにくいでしょう? あとね。 「ごめん。つい」  大事にされてる感じが、くすぐったくてたまらない。 「そのコップを両手で持つのが可愛くて」 「! こ、これは」  気が付かなかった。ベッドの上だし、もしも片手で持っていて、手が滑って落としちゃたら大変だからって、ぎゅっとしっかり両手で持っていた。  変だった?  不器用だなって思わなかった?  子どもっぽい仕草って思ったりしなかった?  ちらりと義信さんへ視線を向けると、柔らかく微笑んで、首を傾げながら頬にキスをくれた。柔らかい少しクセのある髪が首筋に触れてくすぐったくて、そして、胸の奥のところがキュってする。 「……義信さん」  貴方に触れてもらえるのはたまらなく嬉しいけれど、額も、頬も、キスをしてもらえたら嬉しいけれど、唇にも欲しい。  だから、今度は俺からそっとキスをした。 「ン」  小さく啄んで、微笑んでくれるだけで俺のことを舞い上がらせちゃうその唇にちょっとだけイタズラをして。甘く、痛くないように気をつけながら歯を立てて。 「義信さん」 「……困ったな」  覚えたばかりで、貴方にしか教わっていないキスを何度もその唇にしてたら、そう小さく呟かれた。 「最初から汰由に一目惚れだったんだ」 「え?」  そんなの、聞いてない。 「魅力的な子だなって思ったよ」  少し照れ臭い? 義信さんはクスクスと笑いながら、打ち明けてくれた。俺のこと、そんなふうに思ってくれた、なんて。知らなかった。 「綺麗な子だって……」 「……」 「十二も歳の離れた汰由に、実は、夢中なんだ」 「……」 「だからあまり煽らないように」 「!」  そんなつもり、だったのにバレちゃった。  だって、久しぶりだったんだもの。嬉しくて、幸せで、たまらなかったんだもの。 「汰由は明日も学校だ」  だって、気持ち良かったんだもの。  それに義信さんだって悪いと思うの。かっこいいし、ドキドキさせるし。ムラムラしちゃダメならさ、上、着て欲しい。今さっきまでこの胸の中に俺ってば閉じ込められてたんだって、意識しちゃうでしょう? あの腕に抱き締められてたんだって考えちゃうでしょう? この人のでさっきイッちゃったんだって。  なるでしょう? 「悪い子だ」  そうだもん。  最初から、俺は悪い子だったもん。  まだ拙くて、言葉にして貴方に欲情しちゃったって言うのは気恥ずかしい俺の不満顔に苦笑いをしてる。 「……汰由」 「あっ」  また首を傾げる仕草をしたから、また頬にキスをされるんだと思ってた。だから今度は捕まえて、義信さんの真似をしてとびきりやらしくてそれだけでイっちゃいそうになるキスをしようと思ったのに。 「っ、ン」  首筋を噛まれた? の? キスかと思ったら、手首を取られたまま、唇が触れたところが一瞬、チリリと痛んだ。本当にちょっとだけだけれど痛くてびっくりしたら。 「その印が消える前にまた、だから、今日は良い子にして、お風呂に入ろう」  印って……。 「! わ、ぁ、あのっ鏡」 「? 汰由?」  印って、もしかして。 「あ、の……わ、ぁっ」 「っと、ごめん。腰に力入らないね」 「う、わぁ!」  思わず大きな声が出ちゃった。  ベッドから飛び降りようと思って、そしたら意外に膝に力が入らなくて、それで、落ちちゃうかと思ったけれど、軽々と持ち上げちゃうから。それから、その印っていうのにもびっくりして。  あの、あのね、それって、あの。 「どこに行きたかった?」 「あ、えっと、洗面所、にっ、鏡」 「鏡? 洗面所ね」  うん。そう。洗面所に行きたい。  義信さんは俺のことを抱き抱えたまま、よろけることもなく歩いて洗面所に行ってしまう。そして、そこでそっと大事なもののように下ろしてもらって。 「!」  さっき痛かったところ。 「これっ、キスマーク!」 「……」 「こういうの、本当につくのかなって。同級生の女子とか話してるの、聞いたりして、できるのかなって。印みたいで、そう言うの素敵だなぁって思って憧れてて」  鏡の中に写ってる俺は大はしゃぎで。その首元には赤い印が一つ、くっついていることを何度も目の錯覚じゃないって確かめた。 「あのっ!」 「本当に汰由は……」  キスマーク。  好きな人のキスの痕、でしょう? まるでそれは貴方のものって言われてるみたいで、ずっとずっと憧れてた、なんて。 「悪い子で、素直で良い子で、可愛くて……」  義信さんは笑ってた。  笑って、俺のことを抱き締めて。 「困る」 「義信さん?」 「今までは親御さんのこともあるし、大学の友達に見つかったらと思って我慢してたけど、これは全身につけておかないとかもしれないな」  貴方の唇の痕をたくさんもらえるなんて。 「全く……」  なんて嬉しいことなんだろうって、貴方のとっても困っていそうな顔を見ながら思った。そして、その瞬間、切ないくらいに好きが溢れてきて、ただ貴方のことを抱き締めていた。

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