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第65話 恋する幸せ

 そういえば、お母さんってお父さんのこと大好きだったなぁって。あ、ううん。今もすごい大好きで、まぁもちろんお父さんもお母さんのこと大事にしてて。一途で、さ。  一緒に仕事できて楽しそうにしてて。  それでね、今、俺も、ちょっと考えてることがあって。  でも、いや、まぁ……まだわかんないし。気が早いって言われちゃいそうだし。だからまだ、自分の中でしか考えてはいないんだけどね。 「お母さん、行ってきます」 「行ってらっしゃい」  だから、つまり、そんなお母さんに俺は似てるんだって。 「あ、の」 「あぁそうだ」  お母さんと俺、ほぼ同時に話しを切り出しちゃった。お母さんは言いかけて、声が重なったと、話を止めて俺の方に耳を傾けてくれる。 「……なぁに?」 「あ、うん……えっと」  今日は土曜日で、明日は日曜日で、だから大学休みで。課題はちゃんと終わらせたし、レポートだってもうほとんど書き終わってる。ちょっと苦手な教科のも、ちゃんと。だから、ね。 「お母さんからいい?」 「あ、うん」 「今日、お父さんと外でご飯して来たいんだけどいいかしら」 「! あ、うんっ」  思わず、パッと表情が明るくなっちゃった。  明るく、なりすぎた? なんか、お母さん笑ってるし。 「今日、汰由は?」 「あ、あの」 「……ちゃんとお手伝いとかもしなさいね。お相手のうちでお客様しないように」 「!」 「貴方、一人っ子で、お母さん少し世話焼きすぎちゃったわって、最近思うの。家事は常に半分こよ」 「! う、うん!」 「気をつけてね」 「うん! 行ってきます!」 「行ってらっしゃい」  飛び出すように玄関を出た。  そして、アルバイトに行くために、もう毎日使っている駅へと駆け出す。  もう七月。  夏だから、半袖で充分。ちょうど、あの時買った背中のデザインが面白い真っ白なTシャツが気持ちいいくらい風ではためてくれるから。  電車でちょっと、そこからまた歩いて、数分。小さなお店はお花がいっぱい咲いてる。いっぱいのお花が季節ごとに咲く素敵なお庭があって、一見したらおうちみたい。でもその色んな花を楽しめるお庭の奥にお店がある。  これからは向日葵が咲くからって言ってた。でも、少し変わった向日葵だから楽しみにしてと教えてくれた。  お店の奥でまるで太陽みたいに元気に咲くんだって。  お店に入る時は、おはようございます。  そう挨拶をしてねって教えてくれた。 「おはようございます!」 「おはよう。来てすぐで申し訳ないんだけど、汰由、在庫確認してくるから」 「あ、はい」 「任せるね」  ネクタイの結び方は襟とのバランスを考えるといいんだって。もう今は全部の結び方ができるようになった。それから洋服を立ってたたむ方法だって。そのおかげで家でお母さんに褒められた。綺麗に早く畳むのねって。 「こんにちは」 「いらっしゃいませ」 「まぁ、今日は汰由君とっても爽やかね」 「そうですか? ありがとうございます」  最初は緊張したけれど、常連さんとのお話もすごく楽しい。 「汰由君は笑顔が本当に素敵。オーナーとの海外トークが楽しくてここに足をは混んでいたけれど、最近は汰由君とのお話をするのが楽しくて夕方に来ちゃうもの」 「!」  キュって、頬がなった。 「あ、りがとうございます」  嬉しくて、キュって。 「本当に汰由には助けられてるんですよ」 「! 義信さん?」  間違えちゃった。えっと、今はお店で、お客さんの前だから店長って言わないといけなくて、義信さんだって俺のこと、もっとアルバイトとして雇ってるって感じに。これじゃ、まるで――。 「ずっと一緒にやっていけたらと思うくらい」 「!」  まるで一緒に――。 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」  最初は不慣れだったラッピングも上手にできるようになった。大きめのリボンで結んだ袋にお客様が満足そうににっこり笑ってくれて、その笑顔にこっちも自然と口元が緩んでく。 「今日は案外混んだね」 「はい。そうですね」 「汰由もお疲れ様」 「いえっ」  あのね。 「さ、今日はそろそろ閉店しよう」 「あ、あの……」  最近、ずっと考えてたことがあってね。 「あのっ」  でも、まだ早いっていうか、始めたばかりだし。そこまで俺が役に立ってるかっていうと……ほら、聡衣さんみたいに仕事できるわけじゃないし。  でも。  でもね。  本でたくさん勉強したし。英語も覚えるし。だから、ね。 「あの……」 「さっきの、本心だよ」 「え?」 「ずっと一緒にやっていけたらって思ってる」  ずっと義信さんと一緒に。 「でもあくまで僕の」 「やっていきたいです!」  始まりは貴方が結んでくれたネクタイから。あの時、とても心地良かった。  貴方に教えてもらった。  ネクタイの結び方。キスの仕方。恋も。それから――。 「でも、汰由は医者に」 「名前。さんずいに太いって書いて、それから」  ―― あぁ……自由の由、か。  あの時、気持ちがふわりと軽くなったんだ。ずっと出たかった外に出てみて、怖くて、息ができなくて、どうしようと怯えていた俺に貴方が教えてくれた。  自由の由。  素敵な名前だって。  恋する幸せを。  なりたい自分を。 「知咲汰由です。これからもここで働かせてください! ずっと」 「……違うよ」 「ぇ?」 「これからもここで一緒に、いてください、だよ。僕がお願いしたいんだ」  恋する幸せを。 「汰由」  貴方が教えてくれた。 「向日葵ずいぶん大きくなりましたねっ、そろそろ咲くかな」 「そうだね」 「楽しみです」  アルコイリスのお店は十一時から夜の八時まで。この時期になると、夜の八時過ぎにはいくらか暑さも和らいでくる。  今日は貴方と一緒に夜を過ごせるからとてもとても楽しみにしていたんだ。 「あ、そうだ。汰由。大学、夏休みは忙しい?」 「! 全然です! 全部空いてます!」  思いっきり言っちゃった。 「それは……それで心配なんだけれど」 「え?」 「あ、いや、どこか行きたいなって思ってね」 「! 俺、一緒に行ってもいいんですか?」 「いや、むしろ、汰由を誘ってるんだけど」 「! 行きたいです!」 「そう?」 「もう! ぜひ! いつでも! どこまでも!」  大きい声に貴方が笑ってくれる。 「じゃあ、どこがいいか汰由が選んでいいよ」 「義信さんと一緒にいられるならどこでも!」 「困ったな」 「え?」  貴方といられたら。 「僕も汰由といられたらどこでも」  雨降りすら素敵に思える。雨音すら心地良く聞こえる。 「汰由」  貴方といられるだけで嬉しくて、楽しくて、幸せです。

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