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おまけ1 夏が来た!

『今日は日差しが十分降り注ぎ』  うん。わかってる。 『暑くなるでしょう』  了解です。  バッチリ、真夏って感じのTシャツをアルコイリスで買っておいたんだもん。 『降水確率は』  ゼロパーセントです。  もう二週間前から、「二週間天気予報」を毎日毎日チェックしていてバッチリです。途中、一度、雨マークがついた時は、飛び上がって驚いて、「晴れマークに変われぇ、変わるんだぁ」ってスマホの画面から、それと空に向かって念を送りまくった。そのおかげなわけはないけれど、でもどうにか翌日の天気予報では曇りマークに変わり、それがまた翌々日には曇りマークと晴れマークになってくれて、ありがとううううってスマホと空に感謝しちゃった。 『熱中症に十分注意をしてください』  はい。水分補給と塩分の入ってるタブレットもちゃんと持ってきます。 『それではよい一日を』  ありがとうございます。 「よしっ」  いつも大学で使っているトートバックをぎゅっと持った。カバンってこれと、あと小さな、スマホとお財布くらいしか入らないボディバッグしか持ってないんだよね。何か、買おうかな。この夏休みに義信さんと海に行く予定だし。今度アルコイリスで買おうっと。 「お母さん、俺」 「はい。いってらっしゃい。車で迎えに来ていただくんでしょ?」 「あ、うん」 「待たせたら失礼だから、ほら」 「はいっ」  急かされて急足でスニーカーを爪先に引っ掛けた。ビーチサンダルはすでにトートバックの中に入れてあるし。 「いってきます」 「気をつけてね。バーベキュー」 「うん!」  夏、一泊二日で海にも行くし、プールにも行きたいなぁって話してて。あ、花火も見に行くんだ。すごい有名なところの。義信さんが親戚の伝手を使って席を確保してくれたんだ。多分、普通にしてたら取れないんじゃないって晶が教えてくれた。それから、ずっとどんなだろうって毎日チェックしているちょっと変わった品種らしい向日葵も。他にもたくさん。  どうしようって困ってしまいそうなくらい。  抱えたら溢れちゃいそうなくらい。この夏休みは楽しみがいっぱいで、毎日お天気予報を熱心にチェックしちゃってる。  んだけど。  今日はそんな楽しみの第一弾、かな。 「義信さん!」 「……汰由」  わ、ぁ。すっごいラフだ。  すっごい、かっこいい。  滅多に着ないカジュアルなTシャツにカーキ色の少しゆったりとしたシルエットのパンツ。しかも足元、裾を折ってて。なんかいつもと違う感じにまたドキドキする。  そんな義信さんが車のそばの歩道に立っていた。ただ立ってるだけなのにさ。  なんだろ。  もぉ。  かっこいいんだもん。 「すみませんっ」 「いや、僕が早く来ただけだよ」  今日が楽しみで仕方なかった。  そんなの、今までならちょっと戸惑うって気持ちの方が大きかったかもしれない。癖になってた足踏みをして、楽しみたいって気持ちのところまでは自分からいけなかったかもしれない。  今は違うよ。  足踏みなんてしない。飛び出しちゃうくらいに元気に出かけちゃう。 「ただ汰由と出かけるのが楽しみだっただけ。のんびり行こう」 「俺も!」 「うん」 「俺も楽しみでした!」 「うん」  また、つい大きくなっちゃった返事に義信さんが笑ってる。 「さ、行こうか」  バーベキューするんだ。 「やる気満々のキャンパーがいるから僕らはのんびり楽しもう」  メンツがまたすごいの。 「はいっ!」  義信さんと、聡衣さんと聡衣さんの恋人さんと、佳祐さんと佳祐さんの恋人さん。  すごいよね。  そんなのドキドキして仕方なくなるよ。  車に乗ると、たまにしか触れることのできない義信さんの香水の香りがほんのちょっとだけ、鼻先に一瞬だけ触れた。  特別な香り。  普段は仕事柄つけてなくて、休日だってそこまで香るわけじゃない。そばにいるくらいじゃわからないほど微かな香り。きっと誰よりもずっとずっと近くに行かないと触れることのできない香り。  その香りに触れられたって内心、一人でドキドキしながらシートベルトを締めて。さぁ、出発――。 「あ、汰由」 「? はい」  いざ、バーベキューの場所へ。 「……」  の、前にキスをした。  助手席に座る俺へ身体向けて、左手でその助手席のシートに手を置いて。フロントガラスから降り注ぐ日差しを義信さんが遮って。  そっと唇が触れた。 「…………っ」  今ね。車内で、今日、聡衣さんと佳祐さんに久しぶりに会えるってワクワクしてた。  だから、キス、もらえるなんて思ってなかった。  心の準備、してない。  不意打ち、です。 「楽しそうにしてる汰由が可愛かったから、つい、ね」  指先がキュってなっちゃうよ。  俺。 「それにみんながいるんじゃキスできないから、今のうちに」  俺、義信さんとするキス、すごくすごく好きなんだもん。  唇、気持ちぃぃ。  そう胸の内だけで呟きながら、ゆっくり走り出した車の中、また微かに、もしかしたら気のせいかも、ってくらいにちょっとだけ香った義信さんの香水に浸る。  特別な香り。  本当に本当に、ちょっとしかつけてないんだと思う。ただ隣にいるだけじゃ気がつくこともない。抱き合ったり、こうして、キスをしたり。恋人しかいけない距離まで来ないとわからない香りに、また指先が。 「さ、出発だ」 「はい」  キュってしてた。

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