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おまけ2 上手な恋人繋ぎのやり方は
キャンプの場所は車で二時間半。車酔いをするタイプじゃないけど、でも本を読んだり車のモニターで動画とかを見るとやっぱりクラクラしちゃうから、普段はぼーっとしてるしかなくて。だから二時間半も車の中っていうのは結構飽きちゃうほう、なんだけど。
義信さんといるとどこでもいつでも楽しいから、退屈にしている暇なんてない。
もちろんドライブトークだってすごく楽しい。
「えぇ? な、なんか、すごい人間関係です」
「あはは、だよね」
びっくり、した。
車内で、ドライブトークにしては脳みそが思考容量オーバーしちゃいそうなくらいにこんがらがった人間関係に。
「映画みたい……」
「事実は小説より奇なりってことかな」
義信さんは呑気に笑ってるけど。
でも、じゃあ、佳祐さんはそもそも聡衣さんの恋人さんが好きで、で、その恋人さんが佳祐さんの尊敬している人の娘さんにちょっかいを出してるかと思って? 止めさせようとしたら聡衣さんを連れてきて? 恋人ですって言って? 恋人のフリなんじゃないの? って疑って、しばらく尾行して、でも本当っぽいから、今度はその恋路を邪魔しようと義信さんを……聡衣さんに……。
「でもこれだけ、覚えていて欲しいんだ」
「?」
聡衣さんの恋の邪魔を義信さんに……。
「今もこれからも大事にしたいって心から思ってるのは汰由だよ」
「!」
「今、話したのは、事実だから」
「……」
「その事実を誰かに汰由が聞かされるのなら、僕が話しておきたかったんだ」
聡衣さんみたいな綺麗な人なら誰だって。
「汰由が一番で。二番も三番もない。汰由だけだよって」
「……」
また、キュってする。抱き締められてるみたいに胸がブレることも揺れることもないくらいに、キュって締め付けられて。その胸のところに大きくて綺麗でお花みたいなリボンを結んでもらえた感じ。
大事に大事にリボンを指先にまで巻きつけてもらえた感じ。
「……はい」
「それはわかっていて」
「はい」
そして、自分の唇もキュッと結ぶと、優しく義信さんが俺の名前を呼んで、その結んで力を込めた唇に指で触れてくれた。キスの代わり、みたいに。
それから、車はカチカチってウインカーの音を立てて、ずっと走り続けていた川沿いの道をぐんと急なくだり坂を降りていった。
「さ、ここだ」
「は、はいっ」
その川の手前に駐車できるスペースがあって、もうすでにいくつか車が並んで停めてある。そこに倣うように義信さんも車を停めた。到着だ、と深呼吸まじりに告げて、貴方がふわりと笑うと、エンジンを止める。ここまで俺たちを運んでくれた車はそのスイッチを押されて「はぁ、疲れた、おやすみ」と言いたそうに一つも音を立てずに静かに眠りについた。
「あ、あのっ、運転ありがとうございます」
「どういたしまして」
お辞儀をしてから車を降りた途端、川の音が溢れるように聞こえてくる。
「わ、ぁ……」
すごい。川が近くて。
流れが早い。狭くて、ところどころ水が跳ねるみたいに飛沫をあげたり、大きな岩の周りを滑るように流れていく。
「汰由、ここを降りてくよ」
「は、はいっ」
こんな上流の川なんて滅多に来ないし、バーベキューなんてもう何年もしてなくて、ポケーっと眺めちゃってた。少し前を歩いてる義信さんが手を差し伸べてくれた。
「道、山の水が湧き出て滲んでるみたいだ。滑るから気をつけて」
「は、はいっ」
「それ」
「?」
「この前買ったTシャツ。汰由によく似合ってる」
「! ありがとうございます」
この日のために買ったんだ。
差し出された手に掴まると義信さんは目を細めて、笑ってる。笑って。
「!」
普通の手繋ぎじゃなくて、いわゆる、その、えっと。恋人繋ぎって言われてる手の繋ぎ方、だ。これ、普通はしない、繋ぎ方。
恋人としかしない繋ぎ方。
手、もっとしっかり握る?
あ、でも、汗ばんじゃいそう。ぎゅってしたら。ドキドキして今は冷たいけど、でも、汗ばんじゃうかも。そしたら、手汗、やだ、恥ずかしい。
じゃあ、そっと力入れない方がいい?
でもなんかそれだと、この繋ぎ方してるのイヤそう?
全然嫌じゃないよ。っていうかすっごい嬉しいし。嬉しいけど、なんか、なんか。
ど、しよ。
ぎゅって。
あ、ほら、意識したらなんか汗ばんできた気がする。これ、手湿ってるって思われちゃいそう。恥ずかしい。イヤかもしれないじゃん。手汗ばんでるんだって思うかも。それでもう手を繋ぐことなくなっちゃうかも。手汗、止まらないかな。どうにかして。えっと、とりあえず、涼しい気持ちに。
って涼しい気持ちって何?
「っ、汰由」
「は、はい!」
「ほら、あそこ」
「?」
繋いでない方の手を伸ばして、前方を指差した。
「あそこにいる。すごいな……テントも張ったんだ」
「わぁ、すごい」
もっとなんか青空で鉄板で、焼くとかそんなの想像してたのに。
「すごいですね!」
「あぁ」
大きなテントにコンロがあって、椅子もテーブルもある。
向こうが俺たちに気がついて、手を振ると。指差していた手を義信さんが空高く掲げるように振り上げた。
あ、聡衣さんだ。
綺麗だなぁ。
わ、佳祐さん。
飛び跳ねてる。
やっぱり可愛い。
「行こう。汰由」
「!」
でも、義信さんがね。
「はい」
少し頬を赤くした気がした、よ? なんていうか、今の行こう、汰由って言ってくれた声の優しい感じとか、ね。すごいすごい、伝わってきた……気がする。
ぎゅって。
ぎゅーって握ってる、恋人繋ぎしてる手から。
自意識過剰じゃんって思うんだけどさ。でも。
――汰由が可愛いし、綺麗。
そう繋いだ手から伝わってきた、気がして、戸惑っていた手から気持ちを伝えるように、俺もぎゅって握り返した。
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