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おまけ5 恋がさせる

 すごく綺麗な人って思った聡衣さんは恋人さんの前だとすごく可愛かった。あんなふうになるんだって思って、ちょっと見つめちゃったくらい、魅力的な可愛さだった。 「あっつー……今日は日差しあるね」  そんな聡衣さんがやっぱりこっちの夏は暑いって呟きながらTシャツの胸元をパタパタと仰いで風を取り込んでる。  そっか。  聡衣さんたちの今いるところはもっと涼しいのか。それでもこの辺りは川だし、山もあって、森になってるからすごく涼しいけれど。  何か飲み物渡してあげた方がいいかなって、クーラーボックスを覗いた。 「……ぁ」  お茶、なくなっちゃった。  お酒を飲んでるっぽかったから、とりあえずは大丈夫なのかな。でも運転してる人はお茶飲みたいよね。  あとはジュース。でも聡衣さんの彼氏さんが甘い葡萄の炭酸ジュース飲むとは……あ、いえ、そんな決めつけちゃいけないけど。でも、お茶の方がさっぱりしてていいよね。あって困ることないだろうし。  確か、駐車場のとこ、なかったっけ?  あ、あと、トイレのところにもあった気がする。  買ってきた方がいい、かな。  ぐるりと見回すと、義信さんが食材を、食材の用のクーラーボックスから出しているところだった。もう焼き始めるって言ってたし。  そしたら今のうちだよね。買ってきちゃおう、かな。そのほうが役に立ちそうだし、あとで本当に足りなくなってからじゃ、みんなも一緒に買いに行ってくれたりして、手間かけちゃいそうだよね。  カバンの中にエコバックなら入ってる。それだけを持って、車が止めてあるあたりまで駆け足で向かった。いないってなると探されちゃうかもしれないし。トイレのところならすぐそこだったから、駆け足で行って帰ってくれば気がつかれないでしょ。  そして、そっとその場を離れた。走ると思っていた以上に近い。 「えっと」  お茶、いくつくらい?  たくさんあっても困らないよね。余ったら持って帰ればいいんだし。そしたら、六人で、二本ずつくらい? 三本は流石に多いよね。 「こら」  一本目を買おうと手を伸ばしたら、そんな声と一緒に手が頭上から出てきて、俺の押そうとしていたボタンを押した。  びっくりして、飛び上がって。それで、ドキってした。 「義信さん」 「どこに行ったのかと思った」 「あ、ごめ」 「お茶、みんなの分買ってくれてた?」 「あ、あの、なくなっちゃてたから」 「ありがとう。でも、重たいから、呼んで?」 「ぁ」 「汰由の細い腕が折れる」  折れないよ。そんなに華奢じゃないもの。 「折れませんよ」 「折れなくても呼んで? 僕が汰由を大事にしたいだけだから」 「!」  もう充分すぎるくらい大事にされてるもの。 「二本ずつで充分。戻ろうか」 「は、はい」  ガタン、ガタンって、六回、ペットボトルが重たい音を立てて落っこちてきた。それを全て義信さんが代わりに持ってくれているエコバックに入れていく。六本、結構ずっしりとしてるってその重たさに引っ張られてるエコバックの様子で見てわかる。 「あ、あの、俺も持ちます」 「大丈夫」 「でも、義信さんに全部持たせるの、やです」 「……じゃあ、はい。それ開けてもらえる?」 「あ、はい」  ちょうど喉が乾いてたんだって笑ってる。そして蓋を開けたペットボトルを渡すと一口飲んで、俺に手渡してくれた。 「僕専属の水分補給係さん」 「!」  専属に任命してもらっちゃった。 「でも、あの、すみません。お酒……運転があるから」 「あはは、いいよ。帰ってから汰由とゆっくり飲むから」 「けど」  俺は飲んだってちょっとだけ。でも義信さんならたくさん飲む。だから飲みたいのは義信さんの方で。 「いいんだ。バーベキューの後、うちに寄って、お酒の相手を汰由にしてもらうつもりだから。楽しみは最後にとっておくタイプです」 「! は、はいっ」  もちろん、そのつもりだった。けど、またつい返事の声が大きくなっちゃった。そんなことを楽しみにしていてくれてることに、ついね、嬉しくて。 「少し、大勢すぎた?」 「あ、いえ、楽しいです」 「そう?」 「楽しいけど」  暑いのに、川だからかな。風がすごく気持ち良くて。首筋を通り抜けていく風の心地良さを目を閉じて味わった。 「聡衣さんも佳祐さんもすごく、その、恋人の前だとあんなふうに笑うんだ、とか、そんなふうに照れるんだ、とか。なんか、それを見てて。その」  すごくすごく幸せそうだった。 「いいなぁって」  俺もあんなふうに見えるのかなって。  恋人の前になると、すごく可愛かった聡衣さん。すごく綺麗だった佳祐さん。すごく、そんな恋人を目の前にして嬉しそうに顔を綻ばせる河野さん。それから、すっごくかっこよくてクールそうなのに「構え」なんて子どもみたいなことを言う久我山さん。  恋がさせる特別な表情を。 「汰由は世界で一番可愛いけど?」 「!」 「それを披露したくて、連れてきちゃったから、無理させてないかと思ったけど」  貴方もしてる、のかな。  俺もしてる、の? 「そんなことないならよかった」  恋がさせる特別な表情を。 「あぁ、汰由。ごめん」 「あ、はい! 水分補給係、です」 「うん。補給」 「……」  そして慌ててペットボトルの蓋を開けようとした俺の唇に貴方の唇が触れて、爽やかなお茶の香りがちょっとだけした。清々しいけれど、柔らかい唇の感触にドキドキして。  川辺を撫でる涼しげな風が火照った頬にはやたらと心地よく感じられた。

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