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おまけ7 甘いケンカ

 バーベキュー楽しかった。  こんなに楽しいんだ。またしたいなぁ。  佳祐さんと、やっぱり顔が怖い気がするけど、酔っ払うとずっと笑ってるちょっと面白い人だった河野さんがまたキャンプしようって誘ってくれたけど。  あれは社交辞令なのかなぁ。  大人の義理? 挨拶的なのとそうじゃないのとの区別がまだ全然上手にできなくてわからない。全部その言葉どおりに受け取っちゃう。だから、どっちなのかはわからないけど、でも俺は、また行きたい。  すごく楽しかったから。  ちょっと飲みすぎた、かな。そう思いながら、義信さんが風が気持ちいいと開けてくれた車の外へ少し手を出して触れることのできる風を感じてた。  聡衣さんがくれた缶チューハイ。いい香りでついたくさん飲んじゃったら、ちょっと酔っ払いになっちゃった。  ライチ、なんだって教えてくれた。  ライチのお酒は初めてだったけど。  すごくすごく美味しかった。 「さ、そろそろ、到着だ。今日は」 「あ、あの……泊まるって……その」 「やった」  キュって、した。  義信さんの口調って柔らかくて、大人っぽくて、すごく素敵だと思う男の人。そんな人が無邪気に笑って、まるで子どもみたいに「やった」なんて言ってはしゃいでくれるのはすごく、ドキってする。  なんか。 「俺も、やった、です」  とろけちゃいそう。 「汰由、今日は一緒に入ろうか」 「え? お風呂、ですか?」 「そう、一緒に入ろう」 「わっ」  軽々と抱っこされちゃった。  二人とも丸一日外にいて、携帯式のコンロだったけど、それでも煙はあったからやっぱり髪とか服とか煙たくて。  お風呂は入らないとなって。  でもまだ恥ずかしいよ。その、後だったら、した後だったら、気持ち良さで恥ずかしさもふわふわになっちゃってるけど、今は、まだ。 「聡衣君と、佳祐と、楽しそうだったね」 「ぇ?」 「バーベキュー終盤、三人で話してた」 「あ」  あれは恋の相談を。 「汰由がああやって誰かと話してるのを見るのもいいなぁ、なんて思いながら見てたよ。おいで、髪洗おう」 「あ、あの時は」 「目、瞑ってて」 「はい」  そっと大きな手が手櫛で一日中日差しと煙の中にいた髪をすいてくれて、水で濡らしてくれる。  人に洗ってもらえるのってすごく気持ちいいんだ。  ずっとこうしていて欲しくなる。 「すごく楽しかった、です。二人ともすごく優しくて」 「そう? 今度はキャンプって言ってたね」 「あ、はい」  あ、義信さんもそう言ってるのなら、じゃああれは社交辞令じゃないんんだ。するんだったら絶対に参加したいな。  話をしている間に髪はシャンプーでモコモコになって、そのモコモコした泡を柔らかいお湯が流して、コンディショナーが指通りをなめらかにしてくれる。 「ぁ、ありがとうございます。今度、俺がします、ね」 「嬉しいな。ありがとう。はい」 「!」  え? この位置で? やるの? 髪?  洗ってもらっている間、俺は義信さんと向かい合わせで立っていた。背がずっと高いから立ったまま同士でも全然問題なかったけど。  今度洗ってあげるとなると、その背の違いのおかげで手が届きにくくて。  俺がいるのはイスに座った義信さんの足の間。膝立ちで、向かい合わせで、それでなくてもこんな昼間と同じくらいに明るい場所で裸で、すごく恥ずかしいのに。 「目、瞑っててください」 「うん」  でもまるで子どもみたいに素直に目を閉じてくれる義信さんにすごく胸がギュッてなってく。 「汰由に洗ってもらえるの気持ちいいね」 「そ、ですか? 人のなんて洗ったことないから加減が……」 「気持ちいい……」  義信さん、睫毛がすごく長い。  綺麗。 「流しますね」 「うん。ありがとう」  口元楽しそうに笑ってる。 「あと、コンディショナー、です」 「うん」  義信さんの髪、気持ち、ぃぃ……。 「色々、相談してました」 「そうなんだ」 「はい。俺、付き合ったの初めてだし。それに、その相談できるところって他になくて」  ゲイだと誰かに話したこと晶以外にはないから、だから聡衣さんと佳祐さんに訊きたいことがたくさんあった。 「相談事は解決できた?」 「……多分、かな」  髪の毛、触ってるだけなのに。触れてるのは髪の毛なのに、まるで貴方の一番繊細なところに触れてるみたい。貴方の一番触られたら弱いところを撫でてるみたい。  ゾクゾク、する。  髪なのにね。 「いっぱいアドバイスもらったんです」 「それはよかった」 「聡衣さんには言いたいことはちゃんと言うんだよって教えてもらいました」 「うん。いいよ。なんでも言って」  いつかケンカしたらって心配だったけど。  うーん。  やっぱり、かな。 「佳祐さんにはもしもケンカとかになったら、鉄拳制裁が待ってるみたいです」 「そっか。いくらでも」  ほら、やっぱり、そう。  まだ、想像なんてできないけど、いつか、もしもケンカなんてすることになっても、その時は、貴方のこと。 「あ……ン、義信さんっ」 「洗わないと」 「ン」  ボディソープをまとわせた手に肌を撫でられて、ゾクゾクって、身体に興奮が広がってく。その指先をじっと見つめて。 「あっ」  触って欲しくて。 「あぁっ……ン」  乳首、痛いくらいに摘まれたい。カリカリって爪で引っ掻いて欲しい。ソープで滑る指先に惑わされて、可愛がられて、全身敏感になってく。  ねぇ触って。  ねぇもっと。 「汰由」 「そこばっか、や、ぁ」  ケンカ、するのかな。 「あ、ぁン」  したくなんかないけど。 「やだ?」 「ん、や」 「……汰由」 「いじわる、だ」  気持ち、ぃ。 「だから、仕返し」 「うん」  その時、貴方のこと、今よりずっと、ずっと。 「ぁ……ン、義信さん」  ずっとたくさん好きだと思う。

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