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溺愛クリスマス編 1 俺だけが

 生まれて初めてだ。  クリスマスに、その、恋、人と……その過ごすとか。 「え? お正月ですか?」  一生懸命、クリスマス用のラッピングに使うリボンを作り置きしていると、義信さんがそんなことを訊いてきた。お正月はどうしてるのって。まだクリスマス前で、頭の中はシャンシャンって鈴の音がしそうなくらいクリスマスのことで頭がいっぱいだったから、少し戸惑っちゃって。  リボン、作る手が止まっちゃった。  イヴが日曜日で、もちろん、その日はお店でアルバイトで。お店が終わってからだから時間短いけどデートをしようって行ってもらってたから。そのことばっかり、だった。  だって、なんか、イヴって、恋人たちのための、みたいな感じがして。  憧れてはなかったけど、自分にもそういうイヴが来たってことが不思議で。 「そう、お正月。いつもはどうして過ごしてるのかなって。友達と初詣に行くとか、家族で里帰りとか」 「ぁ、えっと、初詣は行かない、です。両親は仕事があったりしたので、今は開業医ですけど、俺が小さい頃は大きな病院に勤めてたから、その夜勤とかあったりで」 「そうなんだ」  お正月の挨拶は家族が揃ってから、だったから。だから初詣は行かなかったし、おせちを少しお夕飯に食べて、それからお年玉もらって。友達とは初詣行ったりもしたけど。 「あ、義信さんはどうしてたんですか?」 「うちの実家は海外生活が多くて、なんとなくお正月って日本ほど大々的じゃなくてね。頭の中が外国人な人たちだから」  頭の中が外国人、ってなんかすごい。グローバル? ってこと?  義信さんはにっこりと柔らかく笑って、俺よりもずっとずっと綺麗に丸になったリボンをあっという間に一つ作ってくれた。 「自律してお店を持つ歳になった頃はもう両親ともに海外暮らしだったし」 「…………え! じゃあ!」 「そうなんだ」 「あ、あのっ」  アルコイリスって年末年始、お休みだよね? あの。 「ご両親とのお正月が最優先」 「はいっ」 「それ以外で予定を空けてくれると、僕は最高に嬉しい」 「! はいっ」  ぴょんってジャンプ少ししちゃった。嬉しくて。 「怒られそうだけど」 「?」 「汰由のお友達に。汰由のイヴも正月も僕が独り占めしたら」 「全然ですっ」 「そう?」 「あの、本当に全然っ」 「じゃあ、予約」  わ。  やった。  嬉しい。  お正月も一緒に過ごせるなんて。 「はい!」 「それと」  義信さんが視線を時計へと移す。もう平日で人もまばらで、それから明日はお店がお休みで。 「今日の夜は、予定空いてたりするかな」 「! します! 空いてますっ」 「おうちのご飯は大丈夫?」 「あ、はい。あの」 「?」 「今日は多分外で食べるからって言ってあるので。あ! なくても、あの、うちに冷凍食品とかあるし。あ、でも、料理もちゃんとでき」 「うん」  義信さんに笑われちゃった。思わず、って感じに、義信さんが口元に手を当てながら、小さく吹き出して笑ってる。  これじゃまるで、料理がちっともできないみたいじゃん。作ってもらえない時は冷凍食品でって。だから大慌てで取り消した。手をブンブン振りながら、違うんですって急いで。本当に練習してるんだ。でも、まだ全然、素敵なお店をたくさん知っている義信さんに美味しいって言ってもらえそうなものは作れなくて。だからいつかのために練習中。もちろん現段階では冷凍食品の方が断然美味しい。 「じゃあ、そろそろお店を閉めてしまおうか。外がいい? この前、汰由が食べたいって言ってた」 「あ、あのっ」  お外でご飯も美味しいけれど。でも。 「義信さんの、おうちは、だめ、ですか? そのっ、お手伝いします! うちでも最近よく手伝ってるから、少しくらいならできるのでっ」 「やった」 「!」  心臓がキュって音を立てた気がした。いつも柔らかい口調に紳士で大人な振る舞いがよく似合う義信さんがたまにしてくれる子どもみたいな仕草、口調、笑い方に。  きっと聡衣さんは知らない義信さんだと思うから。  きっとお店によく来てくださるマダムも知らない義信さんだと思うから。  僕だけが知ってる。 「じゃあ、一緒に作ろう」 「はいっ」 「何にしようか」 「あ! オムライスなら俺っ! できます! この前、母に教わりました!」 「わお」  義信さんはオムライス好きだから、教わった。まずは義信さんの好きなものを作れるようになりたくて。  お母さんにそれは良いアイデアだって褒められたんだ。  性別問わず、好きな人の胃袋を掴むのはとても有効的なのよって。 「ぁ……胃袋」 「汰由? お腹痛い?」 「! ち、違いますっ、あの、うちのお母さんに言われたんです」 「?」  美味しいご飯屋さんに、いつも義信さんに連れて行ってもらってる。俺の好みの料理だって、義信さんはパパッとすぐに作ってくれて。  それって、つまり、俺の胃袋掴む、みたいなのかなって。そんなことを思ったと告げると、義信さんが眉をちょっとだけあげた。バレたかって、笑って。 「汰由に好きになってもらいたくてね。作戦がバレてしまった」 「!」  きっと、誰も知らない。  こんなふうに子どもみたいにはしゃいでくれる義信さんは。  こんなふうに照れ笑いをしたり。 「君に僕のことを気に入ってもらいたくて、色々作戦を企ててるよ」  こんなふうにドキドキしちゃうほど、妖艶に微笑んで、低く甘い声で囁いてくれる義信さんは。 「もうたくさんたっくさん、気に入ってます」  俺だけが知ってたい。  俺だけが独り占め、していたい。

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