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溺愛クリスマス編 5 ぐるぐる汰由

 今日の午後の実習は突然の中止になった。  晶も俺も大喜びしてた。  晶は、そしたら午後に課題のレポート済ませて、週末は飲み会だって言ってて、俺はもうその課題レポート終えてるから、だから、午後はランチなんてダメかなぁって。  突然の午後まるまるフリーが嬉しくて、なんだか開放感にテンション上がっちゃって雑誌まで買っちゃった。朝、大学手前にある、うちの大学の学生しか行かないのではと思ってるコンビニで、ランチ特集が載ってる雑誌見つけたから。  だって、こういうことあんまりないもの。  平日は大学があるから夕方からしか会えない。でも、お店の中で過ごす時間がほとんどで、門限なんてないけど、義信さんが家のことをすごく気にしてくれるから、本当に二人っきりになれるのは数時間。たまにお泊まりさせてくれるけど、そうたくさんじゃない。そして俺が大学のない土日はアルコイリスは大忙しで、お店、休めるわけないし。  だから、お昼から会えるなんてそうそうないんだもん。  嬉しくて嬉しくてたまらないよ。  雑誌くらい買っちゃうよ。 「お、おはようございます」  電話の向こうで義信さんの低音が「おはよう」って優しく答えてくれる。 「あ、あの、もう起きてましたか?」 『もちろん。今、講義中じゃないの?』  忙しいかな?  頻繁すぎるかな?  夜まで待てないのって思われるかな?  電話越しに聞く義信さんの声はいつも俺のことをドキドキさせる。 「い、いえっ、今、休憩時間なんです」  低く聞こえるからかな。  掠れてたのは、少し寝坊したのかな。  なんとなく少しだけボリュームダウンをさせた声で、耳にくっつけて聞くからかな。  まるで、貴方と内緒話をしているような気分。 『そうなんだ。眠くない? 少しだけ、帰り遅くなったから』 「いえっ、全然、もう、目ぱっちりです!」  昨日、ちょっとだけ遅くなったのは俺が、そうして欲しかったからで。それにちっとも遅くないし。お母さんだってにこやかに「おかえり」って言ってたし。ちゃんと送ってもらったら「ありがとうございます」って言うのよって。義信さんのこと気遣ってたし。  それに、ここで大学で大あくびなんてして、居眠りしちゃうようだったら、義信さんはきっと遅く帰るの、させてくれなくなるから。だから大慌てで否定した。  遅くなってないし、ちゃんと寝たから、寝不足でもありませんって。  そんな俺の大きくて元気な返事が面白かったのか、電話の向こうで義信さんが笑ってる。  その笑い声を聞きながら、今、どんな表情をしているんだろって思って。 「あ、あの、今日って、日中は、その、何してるんですか?」 『今日? 今日は……とくには』 「あ、あのっ、もしよかったらお昼一緒にいかがですか? あの、ランチ、を」 『大学』 「あっ! 大学、が、午後、お休みになったんですっ! 教授がお休みでっ、それで午後まるまる実習のはずだったのがなくなって」 『……いいの? 休講ってことはお友達もだろう?』 「え? あっ! 平気、ですっ! 全然! ちっとも! 晶は、課題があって」 『汰由は?』 「終わらせました!」  また、返事の声が大きくなっちゃった。義信さんが優秀だねって笑ってる。俺はその声にくすぐられて、それから、ついついどうしても元気になっちゃう自分の声にほっぺたが熱くなりながら、中庭のベンチで一人肩をすくめた。 『やった……ランチ、一緒に食べられる』  昨日の、子どもっぽい「やった」じゃなくて、大人の声色で、甘やかにそう答えてもらえて、お目当てのランチカフェを指でなぞっていた、その指先が雑誌の紙面のざらつきにすら感じてしまいそうになる。 『じゃあ、お昼頃に迎えに行く』 「は、はいっ」  貴方に早く会いたくてたまらなくなる。  昨日だってあんなにたくさんかまってもらったはずなのに。 『それじゃあ、また後で』 「は、はいっ」  一緒にいたい、がどんどん膨れてく。  電話を終えたら、途端に、走って会いに行きたくなるくらい。  ――彼氏とのクリスマス、盛り上がっちゃうプレゼントはこれ!  本当は俺の相手ばっかりなんてしてられないかもしれないのに、そう思いながら、ふと手元に視線を落として、そんな一文が目に入った。  そこにはちょうどの時期、クリスマス特集が組まれてた。クリスマスが盛り上がるイルミネーションにディナー、それからプレゼント。  プレゼント、かぁ。 「……」  昨日、義信さんに聞かれたけどさぁ。  俺の欲しいもの?  コスメ、は関係ないしなぁ。  洋服とか難しそうなのにけっこう送る人いるんだ。  へぇ。  あ、こういうマフラー、義信さん似合いそう。  ネクタイ、かぁ。大人の贈り物って感じだよね。でもよくわからなくて、変なのあげちゃいそう。知識なくて、選べないし。って、そうじゃなくて、俺が欲しいものでしょ。 「ぁ」  聡衣さん、なら。  そう思った。  すごくセンスいいし、義信さんだって褒めちゃうすごい人だから、相談したら何か教えてくれないかな。  でも、忙しいよね。電話したら。うん。忙しいと思う。お店にオンラインショップにって。義信さんが忙しいんだもん。第二号店のオーナーだって絶対に忙しいでしょ?  でも、アドバイスも欲しいし。  うーん。  迷惑かもしれないし。  じゃあ、メッセージを。 「………………ぅ、うーん」  上手く説明できる気がしない。  プレゼント何がいいって言われたんだけど、何にも思いつかないんです、なんて文章で書くと、なんだか白けてる人みたい。つまらなそうな人みたい。  じゃあ、やっぱり電話、かぁ。でも邪魔じゃない? でも聞きたいし。うーん……。  そう悩みながら、教えてもらった番号にかけてみた。 「……」  電話は一回、二回、三回って、聡衣さんに「おいー」って話しかけてる。  出ない、かな。  やっぱり忙しいよね。  柔らかい印象があるけど、けっこうアクティブな人って感じもあるから、お外かな。せっかくの定休日だから、外で買い物とかしていそうだよね。じゃあ、どうしよ。電話切っちゃうと履歴残って、どうしたんだろうってなっちゃう? かといって、電話の履歴書残ってて、なおかつメッセージも入れると、なんかすごい圧迫感? えっと、そしたら。 『はーい』  留守電、残しておこう。なんて言おうかな。  そう考えた時だった、電話、繋がった。  そして、優しい聡衣さんの明るい声に「わ!」ってなった。

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