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溺愛クリスマス編 4 時計に、財布、鞄に、マフラー、あとは――。

 今日はぐんと冷えて冬本番の到来ですって、言ってたっけ。  昨日も通った道を歩きながら、はぅ、って吐いた自分の息がちゃんと白くなっていることを確かめる。  それから、白い吐息と一緒にアルコイリスの前を通った。お店は駅から大学までの通りにあるところだから。こうして大学に行く時、いつもお店をチラリと見ていくのが習慣になってる。  この間、義信さんとおしゃべりしながら飾るのが楽しかった高さ一メートルくらいの小さなクリスマスツリーは外の窓から見るとこんな感じなんだぁって思いながら。義信さんが買い付けに行った海外で見つけた可愛いオーナメントたちはお洒落でアルコイリスの雰囲気にすごく馴染んでて、すごく素敵で。これはどこに行った時に見つけたもので。こっちは数年前の海外のクリスマス市場で見つけたもの。あっちは、って。  義信さんの選んだ素敵なオーナメントがたくさんぶら下がったツリーは眺めてるとワクワクしてくるけれど。今日はお休みの日だから。主人のいないお店の中はなんだか居眠りしているみたいで、昨日、俺がその中にいたのに、まるで知らんぷりをされている気分。  クリスマスに欲しいもの、かぁ。 「……」  うちに帰ってからも色々考えたけど、さ。 「……」  朝、義信さんは寝てるかなぁ。  昨日、車で送ってもらったけど、あの後少しお仕事とかしてたのかな。昨日、もうちょっとだけなんて我儘言っちゃったかなぁ。 「はぁ」 「っぷは、すごい溜め息」 「!」  突然話しかけられて、飛び上がって振り返ると晶が、あははって笑いながら、真っ白な吐息をふわふわ吐き出した。 「まさかクリスマス前に彼氏と喧嘩? なわけないか」 「ないよ。あるわけないじゃん」 「あはは。だって、お店の中見て、溜め息ついてるからさ」 「それは……」  晶には、もう話してる。最初に打ち明けたのは恋人がいること、それからその恋人が同性ってこと。でもそれが誰かのかは話してなかった。  けど、ある日、訊かれて、ありのままを打ち開けた。  大学までの通りにある、アルコイリスっていうお店、俺のアルバイト先、そこのオーナーさんって。  びっくりして目を丸くして、何か言われるかもと身構えた俺に返ってきた返事は。  あそこのお店、センスいいよね。  だけだった。 「わー、すごいツリー飾ってあるじゃん」 「ん、この前、一緒に飾った」  晶はお店の窓を覗き込むように首を傾げてから、お店の中のツリーにパッと表情を明るくさせて、ワクワクした顔をした。 「へぇ、可愛い」 「義信さんが海外で買ったんだって」  俺のことじゃないし、俺が褒められてるわけでもないのに、なんだか誇らしくて、義信さんの海外話を少しだけ聞かせてあげた。 「すご。海外とか」 「すごいよね」 「だからお店もセンスいいのか」  いつも大学行く時、窓から見えるお店の様子がいい感じだなぁって思ってたって。でも、少し小さなお店だから入ったら、何か買うまで出られなくなりそうで入ったことはないって言ってた。  俺はそれを聞いて、何それって笑った。  大丈夫だよ。何も買わずにお店を出られる方も、そもそもおしゃべりを楽しみに来てくださる方もいるからって 「人気のお店だぁ」 「うん。すごく忙しいよ」  義信さんのことを唯一知ってる友達。 「あ、っていうか、今日って定休日じゃん」 「? そうだけど?」 「汰由、もしかすると今日の占いダントツ一位なんじゃん?」 「?」  何が? そんな顔をした俺に、晶がいたずらを楽しむように笑ってる。 「多分知らないよね。俺もさっき聞いたから」 「?」 「今日の午後の実習ないんだって」 「え!」 「やっぱり知らなかった」  知らないよ。ちっとも知らない。というか友達少なくて、そういう情報はきっと晶がくれないと知らなままだと思う。  先生が体調不良なんだって。だから午後がまるまるフリーに。 「っぷはは。めちゃくちゃ表情嬉しそうじゃん」 「いや、別にっ」 「お店休みで、実習が急遽なし。ほら、ラッキー」 「!」  そう言って、晶が笑った。  唯一、義信さんのことを話した友達。 「あ、あのさっ」 「んー?」 「クリスマス、に、何もらったことある?」 「?」 「クリスマスプレゼント、その、歴代の彼女、さんに」 「あー」  晶は話しやすくて、一緒にいるとすごく楽しいから、もちろん女の子の友達もすごく多い。彼女もいたこと、何度もあって。だから、クリスマスのプレゼントとかも参考になるかなって。晶と義信さんじゃ、年齢とか全然違うけど、でも、本当に思いつかないんだ。 「んー、クリスマスは、腕時計、お財布、後、カバンもあった。ちょうど欲しいって思ってた時でさ。あとは、指輪?」 「!」 「かなぁ」  指輪。  聡衣さん、みたいな? 「あー、でも、指輪が一番、微妙だったかなぁ」 「え? なんでっ」 「えぇ? だって、別れちゃったら、もうつけられないじゃん?」 「……」 「その時限りだし。それに学生だよー? おままごとっていうかさ。大人になって、それなりのタイミングならまだしも。経済力もないし、将来をー、なんて考えてるわけでもないし」 「ぁ……」  そ……っか。  別れちゃったら、か。 「汰由があげるやつ?」 「えっ? あ、いや、違くて……俺が欲しいものって訊かれて。なんでもいいよって。なんでも欲しいものって」 「え、すご。超高い時計でも?」 「い、いらないよっ。別にそんなのっ」 「あははは、冗談。汰由、ブランド興味ないもんね。最近お洒落だけど、前はワイシャツにベスト、そのうちネクタイするんじゃないかってくらいだったもん」  そ、そんなに? でも、洋服とかちっとも興味なかった、かな。晶みたいにお洒落なの憧れたけど、似合う自信なかったし、急にそんなふうになったら、周りに驚かれるかもって考えちゃって。 「まぁ、そんな感じ。時計と、お財布、鞄、あとは学生の俺らにちょうどいいお手頃価格でいうとマフラーとか?」  時計。  お財布。  鞄、  マフラー。  あと――。 「ちなみに俺が一番欲しいのはさぁ」 「う、うんっ」 「実習を俺の代わりに受けてくれる影武者かな」 「な、何それ」  自分でやらなくちゃ意味ないじゃんって言ったら、やっぱり真面目だなぁって晶が笑って、真っ白な吐息が、デート日和になりそうな青空に広がった。

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