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溺愛クリスマス 6 俺の欲しいもの

 聡衣さんは今、彼氏、の、久我山さんと一緒に地方に行ってる。久我山さんがエリート官僚で、その仕事の人は数年地方への出向とかがあるらしくて、それに聡衣さんがついて行った感じ。  指輪もしてるんだ。  お揃いの。  結婚指輪みたいなの。  いいなぁって思った。  聡衣さんの、ブログに載せてる手の写真の薬指にあった指輪、すごく素敵だったのを見て、ほわってね、気持ちが、なんていうんだろう、あったかくなった。見ていると、優しい気持ちになれて、それから、義信さんにすごく会いたくなった。  金色が優しく輝く指はとても綺麗に思えた。  表面の加工が少し変わってて。なんていう加工なのかはわからないけど、トンカチで叩いたみたいに、ゴツゴツしてた。なのに、ちっとも無骨じゃなくて、温かみがあって。  あれって、どうなんだろう。  金属だからずっとあの加工のままなのかな。それとも、少しずつ表面がなだらかになっていって、いつしか、普通の指輪みたいになるのかな。  そのくらい長い間一緒に――。  いたい……なぁ。  俺も、義信さんと。  でも、学生だし。  大人になって、今の義信さんくらいになった時の自分なんてまだまだ想像もできなくて。  その頃の俺と義信さんって、なんて思った。 「……」  そして、なんか、聡衣さんと久我山さん、すごいなぁって思う。  愛だ、って、なんか、感動しちゃったんだ。  愛が溢れてて。  でも、聡衣さんはそもそも愛がすごい人っていうか。仕事もね、すごいできる人で、義信さんがとっても優秀だって褒めてた。  義信さんが褒めちゃうすごい人だから、ネットショップはほぼ聡衣さんに任せてて、アルコイリス二号店は聡衣さんの無理にならない程度に、少しだけ店舗展開してみたらいいよって感じだったらしいけど、もう、すっかり人気店で、こっちの一号店とあんまり売り上げ変わらない時があるくらいなんだって。  憧れる。 「わっ」  俺も聡衣さんみたいに凛としていて、しなやかで、優しくて、でも仕事もバリバリできちゃう人になりたい。 「わわっ」  お忙しいだろうから、電話は無理かな。それじゃあ、留守電に残しておこうかな。  なんて言おうかな。十秒? 二十秒? もっとだっけ? ちゃんと喋れるかなぁ。  なんて思っていたところだったから、まさか「はーい」って聡衣さんが出てくれるなんて思ってなくて、ベンチに座っていた俺はびっくりして、膝の上に置いていた雑誌を落っことしてしまった。 「ご、ごめんなさいっあのっ、今雑誌落としちゃって」 『大丈夫?』  まさか、電話繋がっちゃった。  大丈夫かな。  お休みだったのに。  迷惑、なってないかな。 「あ、いえ、電話、お忙しいだろうから出てもらえると思ってなくて。だから電話、あの、留守電に入れておこうと思ったら、電話」  電話に出ちゃった。 「今、大丈夫ですか? お忙しいですよねっ」  せっかくの休みだもん。何かしてたかもしれない。眠ってた、かもしれない。せめて午後にした方が良かったんじゃないのかな。あ、でも、それだと質問したいことを義信さんに聞かれちゃう。 『ううん。全然、今日、オフだし。国見さんもオフでしょ?』 「あ、はい。今日、あとでお昼ご飯を一緒に食べようって誘ってもらったんです」  やっぱり声が綺麗だなぁ。澄んでて、優しい声。 『ランチデート、楽しそう』  なんて、ポーッとしてる場合じゃないよ。ランチデートです、なんて。聡衣さんは、お相手の久我山さんが「エリート官僚」だからきっとランチデートなんてできないでしょ? 同級生で官僚目指してた子何人かいたけど、仕事はすごくハードだって言ってたもん。でも、そのハードな仕事であってもやりがいはものすごいものがあるって。責任ある、すごい仕事だって。だから、平日にお休みなんて取れるわけなくて。聡衣さんはランチデートとかしたくてもできないのに。 「あ! いえ、あのっ! たまたまです! 普段なら大学の講義があるので滅多には。その、えっと。聡衣さんの、久我山さんはお仕事がすごく多忙だと思うので……その」  だんだんと小さくなる声に、聡衣さんが電話の向こうで笑ってくれた。今は、のんびりクリスマスのプレゼントを探しながら散歩してるって。 「あっ! あのっ………」 『うん?』 「クリスマスのことで相談したいことがあって」  そんなこと、自分で考えなよって思われる、かな。  アパレルのアルバイトしてるんでしょ? そのくらいのこと考えられないとダメって、そんなんじゃ義信さんのお手伝いとして力不足だよって。 『うん』  でも、聡衣さんはそんなこと言わずに優しく聞いてくれる。  俺の憧れる大人の人だから。きっと、プレゼントどうしようって迷っているお客さんに優しく、心地良いアドバイスをくれる。 「欲しいものある? って訊かれて……」  ポツリと呟きながら、膝の上に置いた雑誌をぱらりと捲った。洋服もマフラーも違う感じ。雑誌に載っているキラキラ輝くクリスマスツリーを指でなぞった。 「でも、なくて。すごくたくさん考えたんです。でもやっぱりなくて。なんかそれはそれで、退屈な子って思われないかなと。せっかくなんでもって言ってるのにとガッカリさせちゃわないかなって」  俺の欲しいものなんて、俺にしかわからないのに。 「なんて言ったらいいんだろうって……」  こんなこと質問されても困るよね。俺は何が欲しいんでしょうか、なんてさ。 『汰由くんの欲しいもの、俺、知ってるよ』 「えっ?」 『すっごく欲しいもの、知ってます!』  え? 本当に? 俺の欲しいもの、聡衣さんは知ってるの? 「あ、あのっ、でも、あのっ」  俺はわからないのに? 『それはね……』  あるんですか?  お洋服じゃなくて、マフラーじゃなくて、俺の欲しいもの。  スマホをぎゅっと握ったら、聡衣さんがすごくすごく優しい澄んだ綺麗な声で教えてくれた。 「!」  俺が本当に欲しいもの。

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