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溺愛クリスマス 7 レインボーコロッケ
俺ってば、走るの苦手だったけど、今ならマラソン大会十位以内入れちゃったりしないかな。
でも、もう大学生だからマラソン大会はないけれど。
いつも走っちゃう。
義信さんに会える時は、アルコイリスでアルバイトの時だって、少し話の長い教授の講義が最後にある日は走っちゃうし。そうじゃない時だって、早歩きだし。
デート、なんてしてもらえる時は、勝手に身体が動いちゃうっていうか。
「汰由」
足が勝手に走り出しちゃう。
「す、すみませんっ、待たせて、しま、って」
義信さんが車の横に立って待っていてくれたのを見つけて、勝手に走り出す足。その両足がほらほら急がなくちゃって、もっと駆け出す。
「待ってないよ。早く来ちゃっただけだから。走らなくて良かったのに」
「い、いえっ」
わ、前髪全開に上がっちゃってた。
大慌てでその前髪を手櫛で整えると、優しく笑いながら長いかっこいい指先が手櫛を手伝ってくれた。
「お疲れ様」
「!」
顔、真っ赤になってない?
嬉しくてはしゃぎすぎてない?
「お腹空いた?」
「は、はいっ」
「じゃあ、行こうか」
あぁ、もう。俺ってば、今の返事の仕方じゃ、すごくすごく腹ペコみたいじゃん。元気に大きな声で「はいっ」なんて答えたらさ。きっと義信さんもお腹空いてるんだろうなって思ったよ。ほら、笑ってるもん。
「す、すみませんっ、急に」
「いや、とても嬉しかった。体調不良のその教授には感謝だ」
「!」
本当に嬉しそうにしてくれてるってわかる。車の助手席に乗せてもらって、その隣、運転席にいる義信さんの口元はずっと緩んでて、ハンドルを握る指先は、革製のハンドルをトントンと楽しそうに叩いて、軽快なリズムを車内に流れる音楽と一緒に刻んでる。
「何食べようか」
「あ、あのっ」
嬉しそうにしてもらえた。
「俺、雑誌で見つけて」
「ランチ?」
「はいっ。ハンバーグがすごく美味しいお店と、あとはコロッケが美味しいって話題のお店が載ってたから、そのっ」
義信さんの好きなもの。コロッケにハンバーグ、それからオムライスも好き。
「ハンバーグは俺も覚えたんです。まだ、ちょっと美味しくないかもしれないけどっ、でも、お母さんに習って。お母さんのすごく美味しいんです。時間かかるから、あれなんですけど。あ、お肉、こねたら寝かせないといけなくて、だから」
「今日は夜まで平気?」
「はいっ」
音楽も、義信さんの指先も、嬉しそう。楽しそう。
「じゃあ、夜はハンバーグがいい。一緒に作ろう。で、お昼は汰由が見つけてくれたコロッケが美味しいお店
「!」
俺も、嬉しくて、楽しくて。
「はいっ」
返事の声は車の外にも聞こえてしまいそうなくらい元気で、大きくて。
その良いお返事に義信さんがまた笑ってくれた。
「わ、すごい!」
「本当だ」
小さな、一口サイズのまんまるコロッケが七つ。それぞれ味が違うから楽しいよってる記事に書いてあった。普通のコロッケ、かぼちゃのコロッケに、カニクリームコロッケ。紫芋コロッケは中が本当に紫芋で、びっくりした。里芋コロッケって初めて。肉じゃがコロッケも気になるし。和牛コロッケは絶対美味しいよね。大盛りのサラダと一緒にやってきた。義信さんはライスとお味噌汁を。俺はパンとスープをそれぞれつけて。
雑誌で見つけた場所はちょっと遠かったけど、でも、ドライブもできるから良いねって。車はどんどん、迷うことなく走って、走って、海が見えてきたら、ついさっきまで大学で講義を受けていたのが嘘みたいに、遠足気分になれた。
休日だったら、もしかしたら渋滞だったかもしれないって、義信さんが教えてくれた海岸線の大きな通りは、人もまばらで。お洒落なお店がいっぱい海岸と向かい合うように並んでいるのがまるでテレビで見たことのある外国の景色みたい。
義信さんはカーナビの案内に従って、小さな路地を曲がった。
そこにあったのは俺が雑誌で見つけた木造の小さなお家みたいなカフェ。
ここのコロッケがすごく美味しくて、休日になると行列になっちゃうみたい。だからデートランチをするなら、開店直後、早めが狙い時って書いてあった。
お店は外観だけじゃなく。店内も木造で、木の香りがかすかにするくらい。
テーブルも椅子も優しく明るい木目の家具で統一されていた。
ランチョンマットも可愛くて。
義信さんはじっと見てたから、どこで買い揃えたんだろうとか観察してたかもしれない。
お店の中はほとんど満席だったけど、おしゃべりの声も、このお店の雰囲気と同じように優しく、耳に心地良い感じ。
「ん、美味しいな」
「!」
ちょっと熱くて、フーフーってしたらその様子にも笑ってくれる。
「汰由」
「は、はいっ」
「パンに挟んで食べられるんだね」
「みたいです。ナイフがついてきてる」
「食べるのも楽しそうだ」
向かい合わせで食べてるからかな。
二人で向かい合ってるからかな。
観葉植物で他のお客さんとの距離を取ってあるからかも。
「大きな口で食べる汰由」
「えぇっ、だって」
「可愛いなぁって思っただけ。気にせず食べて」
「き、気にしますっ」
「大丈夫気にしない気にしない」
「気になりますってば」
まるで二人っきりみたい。
二人っきりで、ずっと一緒にいるみたい。
うん。
そうかも、です。
聡衣さん。
さっき電話で教えてくれた、俺の欲しい、いっちばん欲しいクリスマスプレゼント。
『国見さんがオフの時にランチデートをしてくださいチケット、十枚』
俺も、それが一番欲しいです。
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