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溺愛クリスマス 8 充電完了
「う、わぁぁっ、すごい、ですっ」
大きなクリスマスツリーに思わず叫んじゃった。
「すごいな。本当にドイツみたいだ」
「行ったことあるんですかっ?」
「あるよ。よく行く」
まるで近くに散歩に行く、みたいな口調で微笑みながら言われて驚いちゃった。有名なんだって。ドイツのクリスマスマーケットっていうの。知らなかったけど、それを模したのがやってるらしいからって、義信さんが連れてきてくれた。ちょうどコロッケが美味しかったお店からもそんなに遠くなくて、良かったって笑ってた。
夜に、そのうち連れて来てあげようと思ってたけど、ちょうど良いねって。
帰りが遅くても大丈夫そうな日に、お店が終わった後にでもって。
小さなテントの下にはクリスマス用だったり、そうじゃなかったり、色々なものがたくさん売られていて。日本のお祭りみたい。
「わ、すごい、可愛いです。オモチャ」
「あぁ、オーナメントだ」
「え! そうなんですか?」
「ちょっと見てみようか。汰由が気に入ったのがあれば買おう。アルコイリスのツリーに飾れる」
「いいんですか?」
「もちろん」
とても素敵なクリスマスツリーだなって思いながら、一緒に飾り付けをした。義信さんが海外で気ままに見つけた色々な飾りは、どこか素朴な感じもするけれど、愛らしくて、楽しそうで、義信さんらしいなぁって思いながら、一つ一つをツリーの枝にぶら下げた。
義信さんのお話を聞きながらの飾り付はとても楽しくて仕方なかった。
でも、朝、まだ開店前で義信さんがいない、お店の窓から見えるツリーは少しつまらなそうで、退屈そうで。
そして、なんとなく窓の外から覗く俺のことを知らんぷりしているような感じがして。
「じゃ、じゃあ、あっちのお店も見てみたいっ」
「いいよ。行ってみよう」
そこに今日一つ、俺が選んだのがぶら下がったらきっと。
「はいっ」
きっと――。
子どもみたいかな。
買ったばかりのオーナメントを袋に入れて持ち帰るのじゃ落ち着かなくて、クリスマスマーケットから義信さんの自宅マンションへ向かう帰り道の車内で開けて眺めてるなんて。
「明日、飾ろう」
「はいっ」
選んだのはブリキのおもちゃみたいなオーナメント。愛らしいクマが笑顔で太鼓を叩いてる。クリスマスカラーの赤色の帽子をかぶって、白いポンポンを模した木製の丸いボールからヒョロリと伸びた紐を枝先に引っ掛ける感じ。そのクマが紐を結びつけて抱えるようにお腹の辺りにぶら下げている太鼓に赤と緑の縞模様がクリスマスって感じがして、色合いが楽しそうで、アルコイリスの雰囲気がぎゅっと詰まったような、あのガラス窓のところに広がるディスプレイの雰囲気にぴったりだと思ったんだ。
「オーナメントひとつでよかった? もっと買って良かったのに」
「はいっひとつで」
「そう?」
義信さんは笑ってる。けど、嬉しいよ? ものすごーく嬉しい。
「百個くらい買ってもよかったよ?」
「えぇ? そんなには」
「汰由が嬉しそうにしてくれるなら、いくらでも」
「だ、大丈夫ですっ、ひとつで十分嬉しいです」
「控えめだなぁ、汰由は」
控えめなんかじゃないでしょ? 欲張りだもの。欲張りじゃなかったら、明日も明後日も、お店で会うことができて、お泊まりだって、ちゃんと段階踏んで親に連絡とかしておけば全然大丈夫なのに。いくらでも一緒にいられるし、いくらでも構ってもらっているはずなのに。それでももっとって、こうして大事な休日に相手をしてもらってるんだから。
ちっとも控えめな子なんかじゃない。
「明日、それ、一緒に飾ろう」
「はいっ」
ほら、明日も会えるのに。
明日も構ってもらえるのに。
「さて、あまり混まないうちに帰って、夕飯はハンバーグだから、途中でスーパーにも寄ろう」
「あ、はい。あ! そしたら、卵も!」
「卵?」
「昨日たくさん使っちゃったのでもうないんです。それからうちのハンバーグ卵も入れるし乗せるので」
「なるほど。それじゃあ、買わないとだ」
わ。
「はい」
「他は? 何か買いたいもの」
こういうのすごい、いい感じ。
「多分大丈夫です」
「了解」
買い物、これもしなくちゃとかいうの。生活感のある会話って、なんか、そわそわする。
一緒に暮らしたらこういうお話するのかなぁって。
聡衣さんも久我山さんとこういうお話するのかな。
義信さんのいとこの佳祐さんも、ちょっと怖そうだけど実は多分優しい河野さんとこういうお話してるのかな。
いいな。
憧れる。
俺も義信さんと、いつか、なんて。
「……汰由」
「はいっ」
気がつくと、車は信号待ちで止まっていた。
「……」
行きと同じように軽快で楽しそうな音楽が車内の中には溢れてるけど、一瞬、俺たちのおしゃべりが止まる。
「……隙あり」
キスで止まって。
そして、義信さんの優しい声でまたおしゃべりが再開する。
「たくさん歩いたから疲れた?」
「ぁ……ぃぇ」
「それなら良かった。僕は疲れたから少し充電した」
「?」
「汰由にキスして充電完了」
「!」
「ちょっと、キザったらしかったかな。あーいや、子どもっぽかったかもしれない。忘れて。今のキザセリフはなし。昼間からデートできて浮かれてるんだ」
そこで義信さんが口元を手で覆って、ボソボソってそんなことを言った。
今、もしも俺の心の中を覗けたら、きっと義信さんは笑っちゃうと思う。小さな俺が「きゃー」とか「わー」とか大騒ぎしながら走り回っているから。
だって、だってだって、可愛かった。
だって。
だって、義信さんが真っ赤になって、今のなし、なんて言った。
「やっぱり俺も疲れましたっ」
手で口のところを覆い隠してるから、その手の甲にキスした。
「だから俺も充電です。あはっ」
本当だ。これはちょっとキザっていうか、子どもっていうか、うん、浮かれてる。滅多にできないお昼のデートに、浮かれてるカップルだ。
うんうん。
ほら。
「あー! 青です! 義信さん!」
照れ臭さを誤魔化すように先を促す俺のほっぺたも義信さんと同じくらい真っ赤で、義信さんと同じくらい熱かった。
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