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溺愛クリスマス編 10 溺愛クリスマス
後ちょっとでクリスマス。
おれのほしいプレゼントは決まった。聡衣さんのおかげ。
欲しいのは義信さんとランチデートしてもらえる券。できれば十枚。きっと頻繁に使えることなんてないだろうから、そんなに持っていても次のクリスマスまで十枚使い切れるかわからないけれど。でも、もしかしたら、教授がうんとたくさん風邪を引いてくれるかもしれないでしょ?
そしたら来年のクリスマスまでにたくさん使えるかもしれないから、十枚。
「!」
そこで、またくすぐったくなった。
自然と、来年のクリスマスまでのことを考えていた自分に。そして、小さく笑った。
「なぁに一人でニヤニヤしてんだー。汰由っ」
「! あ、晶っ」
笑っちゃったとこ、見つかっちゃった。晶はパソコン室から出てきたから、課題レポートの修正とかしてたのかな。昨日の午後、それやるって言ってたし。
手を大きく振ると笑いながら、手を振り返してくれた。
大学の帰り道はあまり邪魔しないようにってしてくれる。
アルバイトに少しでも早く行きたいのを知ってくれてるから。そんな晶に見送られて、ここからいつもどおり走ってアルコイリスに向かった。
今日は、特別急いでるんだ。
少しでも早くあそこに飾りたくて。
昨日、デートで見つけた、そう、デートで見つけちゃったオーナメントをクリスマスツリーに付けさせてもらうんだ。義信さんがあっちこっちで見つけたオーナメント達の中に、俺の見つけたのを混ぜてもらう。
だから――。
「はぁ、はぁっ」
だから、日中でももう随分と冷たくなった冬の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、もしかしたら最速かもしれない速さでアルコイリスに到着した。
飛び込むようにお店に。
「大学お疲れ様」
「!」
入ろうと思ったら、ちょうど扉が空いた。
お店にはお客様用の鈴がぶら下がった扉があって、その前に小さいけれど、とても素敵な庭がある。アルバイトの俺はそのお庭を通り過ぎて、お客様用の扉も通り過ぎて、従業員用の扉から入って、荷物を控え室兼倉庫に置いて、それから店内に。なのに。通りすぎる前にお客様用の扉が開いて、義信さんが招いてくれた。
「ちょうど汰由が走ってるのが見えたから」
「! あっ」
「焦らなくてもいいのに」
「!」
また、おでこ全開だった。長い素敵な指先がぜーんぶ冬の風にボサボサにさせられちゃった前髪を撫でて治してくれる。
「まだアルバイトの時間じゃないからコーヒーでも飲んでおく? お客さんもいないし淹れてあげるよ?」
「あ、いえっ、俺、これ、飾りたい、です」
鞄の中から大事に取り出したのは昨日買った太鼓を抱えるブリキのクマ。
「あぁ、そうだね」
「はいっ」
「じゃあ、一番よく見えるところにしよう」
「はいっ」
混ぜてもらうんだ。
義信さんの思い出とか楽しかったこと、素敵だって思ったことの詰まったツリーに俺のを、ひとつ、混ぜさせてもらうの。
まるで貴方の中に俺がいてもいいみたい。
だから、すごく嬉しかった。
「汰由が選んだオーナメント」
「はいっ、ありがとうございますっ」
窓からよく見えるところにぶら下げてもらえた。
「後で、写真撮ってもいいですか?」
「もちろん」
どうしよう。嬉しくてたまらない。ニヤニヤしちゃって変じゃないかな。
でも、俺にとっては。
「汰由と滅多に行けないランチデートの記念」
「!」
そう言って、義信さんも嬉しそうに笑ってくれた。
「あ、あの、俺、クリスマスプレゼント、考えました」
「うん」
「あのっ、俺、笑われるかもしれないんですけど、物で欲しいの、なくて、あるのは、ちょっと変わってて。子どもっぽいかもしれないんですけどっ」
「……」
「義信さんとランチデートできる…………チケット……が、ぃぃ」
子どもっぽい? でも、やっぱり、それが一番欲しい。
「ま、また、大学が急に午後休みの時とか、後、夏休みとかにしか使わないのでっ、もちろん、義信さんに予定がある時はちゃんとそのチケット使いませんっ。使えそうな時しか使わないのでっ、なので」
「……」
「ワガママ、言わないように、します、から」
言いながら、やっぱりこれじゃ良くなかったかもしれない。引っ込めればよかったかもしれないって、気持ちが後ろに後ずさりしようとする。
だって義信さんは仕事があって、お店があって、商談とか、買い付けとか、たくさんの人と接することがある。海外から電話がかかってきたり、たまに贔屓にしてもらってるファッション関係の人との食事会だってある。そんな俺の相手ばっかりしてられないもの。
「……あの」
「……どうしようか」
「! あのっ」
「なんでもあげるのに、それでいいの?」
一番欲しいのは、貴方を独り占めする時間、なんです。
「困った」
「……」
「僕も汰由から欲しいプレゼントがあるんだ」
「……ぇ、あ、はいっ、なんで、も……は無理かも、ですっ、あのそんなにたくさん貯金とか」
「大丈夫」
「……」
そう言って微笑んで。義信さんが俺の手をそっと取った。
「汰由、お正月は初詣は行かないって言ってただろう? 大晦日と元旦はご両親と」
「……」
「二日と三日、汰由が欲しいんだ」
「……ぁ、の」
「スキーしたことないって言ってたから、スキー旅行」
「!」
「その二日間は汰由を独り占めできるチケットをクリスマスプレゼントに欲しかったんだけど」
「!」
「汰由の欲しいものと被ったね」
毎日会えるけれど、二人っきりになれることはあまりなくて。
いつもちょっとだけ物足りない感じ。
いつもちょっとだけ、貴方を独り占めしたくてたまらないのを我慢してる。
会えるのに、これじゃないのがいいのって、たまに、ちょっとだけ。
そんなの難しいし、そんなのわがまま。そう分かってるけれど。
「くれる?」
「は、はいっ」
貴方も同じように思ってくれた。
「やった」
貴方を独り占めしたいって。
「あ、あと、汰由」
「? はい」
「そのチケット、百枚くらいでいいかな」
「え、えぇ?」
「汰由を独り占めしたいのは僕の方なんだよ」
「え、俺ですっ」
「僕だ」
「俺っ」
そこで二人で笑っちゃった。
「困ったなぁ」
「?」
「汰由はどうしてそんなに可愛いんだろうね」
じゃあ、どうしてそんなに貴方は素敵なんですか? そう聞きたかったけれど。
「汰由」
窓際の、アルコイリスの素敵がいっぱい詰まったディスプレイテーブルの上には今、クリスマスツリーがある。一メートルくらいの、もみの木。
その真後ろに立ってしまえば、俺はすっぽり見えなくなって。
背の高い義信さんが屈んでしまえば。
「……好きだよ」
ちょっとだけ隠れられるから。
義信さんの思い出と、義信さんのお気に入りがたくさんぶら下げられていて、今日からそこに俺の選んだブリキのクマが仲間入りしたアルコイリスのクリスマスツリーの影で、こっそりと。
内緒で。
貴方と俺は、キス、をした。
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