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溺愛クリスマス おまけ1 明日は臨時休業です。

 今日は少し背伸びをしたファッションにするんだ。  他の素敵なお二人に負けないように。って、全然見劣りしちゃうんだけど。でも、義信さんに、「うちの」が一番って思われたいから。  少しだけ、ほんの少しだけ、夜が似合う大人になりたくて。でもあんまり背伸びしすぎちゃっても似合ってなくて笑われちゃいそう。 「……よし」  いい感じ、だと思います。うん。  大きめサイズの黒ニットは首周りがたっぷりボリュームのあるハイネック。あんまりダボダボしてると、背、あんまり高くないから、変かなって。パンツはシュッとした感じ。あんまりタイトじゃないけど、そこまでダボダボしてなくて。ポイントはセンタープリーツと、ちょっとだけ短め丈の足首から見えるあずきって言わないか、ダークチェリーカラーの靴下……です。 「お母さん! 今日、俺、帰り」 「はい。夕飯いらないんでしょう? お酒は飲むの? あんまり飲みすぎてご迷惑かけないように」 「はい! 大丈夫」 「よろしくって伝えてね」 「はい! 大丈夫」  お母さんが笑いながら本当に大丈夫? って呟いた。  たぶん、大丈夫だもん。  お父さんに似て、お酒はあんまり得意じゃないけど、多分、人様の迷惑になるようなことにはならない…………と、思います。 「行ってきます!」 「行ってらっしゃい。気をつけて。アルバイトも頑張るのよ」 「! はいっ」  迷惑に、なるようなことにはならない…………と、思いたいです。  でも、はしゃいじゃう。  だって、すっごく久しぶりに聡衣さんに会えるから。蒲田さんは、ちょくちょくお会いすることができる。義信さんの従兄弟だし。この間も、お店に遊びに来てくれた。  でも、聡衣さんは遠いところに引っ越しちゃったからお会いする機会はほとんどなくて。今回はちょっとだけパートナーさんの久我山さんの仕事の都合でこっちに数日滞在するらしくて、それで一緒にこっちへ。遊びに来るんだって。で、一号店で、オーナーである義信さんとも色々ミーティングしたいから、お店に来てくれて、お店に来るなら、そのままアルバイトの俺も混ぜてもらって、晩御飯をって、なって。それなら蒲田さんも一緒に。それならそれなら、仕事で打ち合わせとかしてるだろう久我山さんと河野さんもって、なった。  それだけじゃないんだ。 「歯ブラシ、オッケー。着替えも、オッケー」  今日は久しぶりにお泊まりデートだから。だから嬉しくて、駆け足したけど。  本当はスキップしたいくらいだった。  お泊まりするのは、冬休み、お正月のスキー旅行の時以来。  スキー旅行すごくすごく楽しかった。  初雪山に初スノーボード。あんなたくさんの雪を画面越しじゃなく見たのは人生初でびっくりした。あんなに雪がふわふわしてることにもびっくりした。へっぴり腰すぎて義信さんにしがみついてないとすぐに転んじゃったたけど。だって、両足が板に固定されてるって、不思議でしょうがないでしょう?  でも一番びっくりしたのは。義信さんがものすごく上手でかっこよかったこと。もとからすごくかっこいいんだけど、もう、なんか、ズルいって思うくらい。  プロみたいです、かっこいいですって言ったら、プロは言い過ぎだって笑ってたけど。女の人とか声かけようとしてたもん。  かっこいいって言ってるの聞こえたもん。確かにカッコよかったし。普段、あーんなに余裕のある大人って感じで、少し物静かなイメージだったのに、スノーボードしてる時は男って感じで、力強くて、もうそのギャップがすごかった。そして極めつけはゴーグル外したら、あんなハンサムさん。そりゃ女の人はきゃーってなるよ。  だから少し慌てたけど。  ――汰由。  でもその夜、ちゃんと。 「……由」 「……えへ」 「汰由」 「……へ、! ぁ!」  パッと顔を上げて、今、アルバイト中です、と、その場で、きゅっと起立して姿勢を正した。その様子に義信さんが笑っている。 「今日の、汰由、なんだか色っぽいな」 「! ホントですかっ」 「と、思ったけど、いつもの可愛い汰由だから安心した」 「……」  え、えぇ、中身は、まぁ、そんなすぐに変わるわけないけど。でも少しくらい大人にならないと、俺、少しでも早くあのスキー旅行の時に、義信さんがくれた、もう一つのプレゼント、欲しいのに。  ――汰由。  あの時、もらった、ランチデートしてもらえる券とは別の。 「今日は夜、楽しみ?」 「! はいっ、もちろんです!」 「それはよかった。だから」 「はいっ」 「検品頑張って」 「はぃ……」  最近物価の高騰がすごいらしい。だから、まとめ買いをした商品の検品が……ちょっと大変で。お店が閉店間際から頑張ってはいるんだけど。これ、終わらせないと、行けないもの。 「でも、無理なら、できるところまででいいよ。明日」 「だ、大丈夫っ、です!」  そしたらせっかく臨時休業にしてあるのに意味がないもの。すごくすごく特別。すっごく特別。明日は聡衣さんがこっちに来るからと臨時休業して少しゆっくりすることになった。明日は土曜日なのにお店がお休みになって、土曜日だから俺は大学がなくて。だから、朝から、というか、お店があとちょっとでしまったら、そこから義信さんと一緒にいられる。  なのに、検品終わらせないと明日これ義信さんがすることになっちゃう。 「大丈夫だよ。あと半分なんだから、明日ゆっくり」 「大丈夫じゃないです」  検品やってもらうなんて、全然大丈夫じゃないよ。だって、明日、二人でいたいもん。今日の、金曜日の夜、聡衣さんたちとたくさんお酒飲んで。明日は義信さんと二人でいたい。 「大丈夫です!」  だからこれは明日までなんて絶対にダメ。何がなんでも今日中に終わらせるもん。 「どっちの大丈夫?」  そう言って笑う義信さんとは真逆に、とっても真面目な顔をして、俺のプランの前に立ちはだかるたくさんの未検品のものに挑む俺だった。

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