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溺愛クリスマス編 おまけ2 そっち、あっち
本人はすごく謙遜する人だから、そんなこと全然ないよって笑うんだけど。
「ほっんとうにないんです。だから絶対に狙い目だと思う」
「んー……未開拓のところだなぁ」
「でしょ? だから、ここはラインとしていいと思うんですよね」
「なるほどね」
すごく綺麗な人だなぁって思う。
そう言ってもきっと、そんなことないよーって、やっぱり笑うんだろうなぁ。顔の、その造形とかじゃなくて。あ、いや、造形もすごくすごく綺麗なんだけど、でも、作りだけじゃ出せない柔らかい表情だったり、仕草だったり、男性なのに、女性からしても同性からしてみても、見惚れる魅力があると思う。
「子ども服のライン展開したい! ですっ!」
ほら、髪がお話しする度に、ちょっとだけ揺れて、柔らかそうで、絹糸みたいに艶めいていて、触りたくなる感じ。
「男子女子両方で!」
ほっぺた、っていうか肌もすごく艶々で白くて。お化粧とかしてるのかな。してるなら教えて欲しい……けど、俺不器用だからなぁ。あっ、ていうか、その前にラッピングの方法とか教えてもらおうかな。ラッピングもすごく素敵にできるって義信さんが褒めてたし。
うん。むしろ、そこ習っておこう。
「そしたら、男子女子でお揃いだけど、ちょっとデザインが違うとか、どっちも着られるみたいな中性的なラインのも入れるとかできて楽しそうな気、しません?」
「めぼしいデザイナーとかいる? いたら」
「もちろん、探してあります! この方の、すっごい可愛くないですか?」
「…………あぁ、いいね」
そこで聡衣さんがほっぺたをピンク色にしながら、ふわりと微笑んだ。
わ、ぁ……って、その笑顔に見惚れる
俺、聡衣さんのあの笑い方がすごく好き。
あんなふうに上品だけど、どこか色っぽくできたらなって、ちらりとその秘訣を解明したくて見つめてたら、電話が、聡衣さんにかかってきた。
「はい……はーい。了解……うん」
久我山さん、かな。
義信さんはその電話のタイミングで席を立った。他分、お店の施錠の確認。もうすでに閉店していて、今は、俺と義信さんと聡衣さんだけ。久我山さんはお仕事でいなくて、あとで合流だから、そのタイミングまでアルコイリスに来て打ち合わせをしたりしてる。お店の奥で聡衣さんと義信さんがパッと打ち合わせをそこで始めたのを、お仕事しながら眺めてた。
「分かった……はーい。……あはは、なんだ。違ったんだ。……河野溺愛って思ったのに」
でき! あい! なんのことを話してるんですか? あの、河野さん? って、少し怖そうで、でも優しそうで、聡衣さんがいつも揶揄う、あの河野さん?
「うん」
楽しそうに聡衣さんが返事をしてる。
口元を緩めて、手持ち無沙汰なのか、すごく綺麗な指先で持っていたペン摘んで、置いて、そっと、転がした。
「ん、じゃああとでね」
わ。
そう、胸のうちで叫んじゃった。
ほんの一瞬。ほんのちょっとの瞬間。でも、確かに、聡衣さんのほっぺたがピンク色になって、桜の花びらみたいな優しい色が差し込んで、ドキドキするくらい綺麗だった。
「……ふぅ」
多分、今の、久我山さんとお話ししてる時だけ見られる表情なんだと思う。
「汰由君、ごめんね。待ったよね」
「いえっ、全然ですっ」
「もう旭輝たち終わったみたいだからお店に集合だって」
「は、はいっ」
「……」
じっと、見つめられた。
な、んでしょう。なんか、俺、変? 失敗しちゃったことあった? それとも品出しのセンスがない、とか? センスのなさなら自信、けっこうあるけど。
見つめられてることに戸惑ってると、聡衣さんがクスッと笑った。
そして、笑われたことにまた、もっと、戸惑って。
「国見さん、汰由くんの返事がすごく好きなんだろうなぁって」
「へ? え?」
「はいっ……って、返事」
俺の?
「さっき、国見さんと仕事のことで話してたでしょ? あの時、汰由くんが、はいっ! って、返事する度にすっごい嬉しそうな顔してたから。国見さん」
そう、かな。
そんな顔、したのかな。
俺はちっとも気が付かなかったけど。お仕事の指示してもらう時は、一回でちゃんと把握して、それから把握しながら、どうやろうかなって考えて。それに返事の声、大きい方が元気で良いって思ってもらえそうだし。
「すっごく可愛いなぁって思ってるんだろうなぁって、ヒシヒシと伝わるし」
「そんな……でも、可愛いって思ってもらえたらって思っては、います」
「大丈夫。接客業一筋の俺がいうんだもん。人の観察ならめっちゃしてるから」
かっこいいなぁ。こんなふうに自信とゆとりのある大人になりたいなぁ。
「さて! 今日は飲むぞー! すっごい久しぶりなんだよね」
聡衣さんはにっこりと笑って、両手を大きく広げた。
まるでしなやかな猫が、さぁ、お出かけでもしようかなって、ふわふわふかふかのベッドから降りてきたみたい。
「久しぶり、なんですか?」
「金曜日ってさ、旭輝にとっては翌日休みだけど、俺は翌日仕事でしょ? しかもサービス業としては大事な稼ぎ時。あんまり夜更かしってできないからさ。加減するっていうか」
「あ……加減」
わ、ぁ。なんか、なんか、あの。
「そう、加減、って、あっ! いや、そっちのじゃなく、あぁ、そっちってどっち。じゃなくて、そっちじゃなくて、あの、あっち、お酒、へべれけになれないって意味! マジで! そっち!」
「は、はひ……」
「違うからね! 汰由くん! あのね、なんで顔、真っ赤! だから違うから!」
だって、なんか、今ちょっと、その、色々と。
「何を二人で真っ赤になってるのかな」
「あ! ちが! 国見さん! これはね」
「……」
「もう酔っ払い?」
「だからっ違くてっ」
綺麗な人なのに、真っ赤になる可愛らしい聡衣さんが大慌てで否定してた。
「さ、じゃあ、行こうか」
とっても楽しみにしていた今日の飲み会がもっともっと楽しみになった。
「汰由?」
「! はいっ」
そう元気に答えて、俺も今日はへべれけになるぞって、ぴょんって、お店を飛び出した。
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