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溺愛クリスマス編 おまけ3 牡蠣の土手鍋

 大人って……なんか、すごい。  や、俺も、もうお酒もタバコも嗜めちゃう、ちゃんと大人なんだけど。でも――。 「ここのすき焼きが美味いんだ」 「へぇ、すごー。なんか、お店の人も顔見知りっぽかったし。河野なのに」 「お前な。よく使うんだよ。接待で。個室あるし」  こんなレストランに普通に入っちゃうなんて。 「河野が接待すんの?」 「お前なぁ」 「僕もたまにここのお店に連れてきていただくんです。すき焼きは個室でしかオーダーできなくて」  蒲田さんも普通に驚く様子ないし。久我山さんに至っては早速聡衣さんに飲み物聞いてるし。 「わ、日本酒美味しそう。でもワインもいいなぁ。すき焼きに赤ワインとかすっごい良さそう」 「ちゃんぽんするなよ」 「しないもん。だから悩んでんじゃん」  入った瞬間からすごいお店だった。こんなところ、大学生の君は入ってはいけませんって言われちゃいそう。高そうなホテルのエレベーターでずっと高いフロアに到着した途端、ホテルじゃないみたいだった。高級料亭って感じで。入る瞬間、「ひゃああああ」って内心叫んじゃったもの。 「佳祐は何がいい?」 「僕は日本酒がいいです」 「じゃあ、俺と佳祐は日本酒の利酒つける。全員、季節の特別会席でいいか」  ひゃあああ、こんなすごいお店で、なんか、個室で、夜景も見えるようなところって時点で特別なのに、更に特別会席なんてしたら。 「あぁ、俺と聡衣はワインにする」  すき焼きにワイン。赤ワイン。  この前、義信さんの一口もらったけど、渋くて、なんだか一口飲んだだけでふわふわしたのに。やっぱり聡衣さんも久我山さんもすごい。 「汰由は、どうしようか。ソフトドリンクもあるから、少し、スパークリング飲んでみて、追加でソフトドリンクにしようか」  義信さんがふわりと微笑みながら、お品書きの中からソフトドリンクを教えてくれた。山葡萄のジュースが、ちょっと美味しそう。 「これ、美味しそうだ」  そう言って、指差して、俺の好きそうな、その葡萄ジュースに笑ってくれる。 「夜景すごいね」 「は、はい。ちょっと、びっくりです」 「僕もびっくりだ」  義信さんも? でも、みんな大人でこういうところにたくさん来てそう。 「汰由はすき焼き好き?」 「あ、はい。甘くて……」  そこまで言って、わっ、って言葉を止めた。甘くて美味しいです、なんて子どもっぽいでしょ? 甘い卵焼きが好きな子どもみたい。 「僕も好きなんだ。すき焼き」  甘くて美味しいって、笑って。 「今度、うちでしようか。コンロ買って」  わぁ、楽しそう。義信さんと二人でコンロでお鍋とか。 「あーわかる。コンロって一人暮らしだと使わないですよね」 「確かにな」 「うち、キッチンでパッと出しちゃうしカウンターテーブルだから並んで食べてて。だからコンロってないなぁ」  聡衣さんは多分、自分のおうちの様子を思い返してるのか、少し上へと目線を向けながら、うーん、って顔でそう呟いた。 「一人用の小さなコンロもあるぞ。持ち運びも収納も楽だし。このくらいのサイズだな。それならカウンターテーブルでも使えるだろ」 「…………河野」 「……なんだよ」 「今まではずっと一人用のその小さなコンロですき焼き食べてたんだね」 「食べてない。っていうか、なんでそこで泣きそうな顔するんだ」 「だって、ずっと一人用のすき焼きを嬉しそうに食べる河野想像しちゃったんだもん」 「だから一人ですき焼きしてないっつうの。してても、別にいいだろうが。アウトドアで便利なんだよ」 「……ぼっち」 「あのなぁ」 「一人用のコンロがいくつもあったら、すき焼きに牡蠣の土鍋もできますよ。牡蠣の土鍋」 「蒲田さんポジティブ! だよね。ぼっちでも、色々楽しめるよね」 「だからぼっちじゃないっつうの」  コンロ、って。  一人暮らしだと、そっか、確かにコンロ使わないかもしれない。うちは家族でたまにだけど、お鍋する時はコンロ使ってて。だから、あんまり考えたことないけど、そっか。  あ、じゃあ。 「汰由くん、もうお酒飲んでるみたいに赤いけど。あ、もしかして、空調暑い?」 「あっ、いえっ」  気遣いが素敵な聡衣さんが慌てて、空調のリモコンを探してくれたから、俺は大慌てで大丈夫ですって、手を振った。  違うんです。  これ、暑くて赤いのじゃなくて。  お酒を飲んだからほっぺたがぽっぽしてるんじゃなくて。 「コンロ、今度買っておく。汰由の一番好きなお鍋をそれで食べよう」  だって、コンロ持ってなかったって義信さんが言ってた。  それはつまり、ずっと一人でご飯食べてたから、二人で誰かとお鍋を食べるってこと、しなかったってことでしょう? それって、嬉しい。  コンロ買って、俺とお鍋してもらえるの、嬉しくて。  だからほっぺたが熱くなっただけなんです。 「はい。食べたいです」  コンロ持ってなかったのが、嬉しかっただけなんです。 「っていうかさ、すき焼きの次に出てくるお鍋が牡蠣の土鍋っていうのがなんか、蒲田さんだよね」 「? 美味しいですよ? 牡蠣の土鍋」  今まで、お付き合いした人とかしてないんだって、内心、子どもみたいなことを思って、嬉しくなっちゃったんです。

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