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溺愛クリスマス編 おまけ5 やった

 蒲田さんのところも近いうちに河野さんがご挨拶するんだって。  聡衣さんのところみたいに、パートナーとして挨拶を――。 「楽しかった? 汰由」 「はいっ、とっっっっても」 「それはよかった」  すごいなぁ。  大人だなぁ。 「すき焼き、すごかったですね」 「あぁ、すごかったね。美味しかった」 「義信さんはああいうお店あまり行かないんですか?」 「接待でああいうところに案内したことあるよ」 「わぁ、やっぱりすごいなぁ」  俺はまだまだ。つい最近、恋愛をし始めたばかりだから、まだ不慣れなことばかり。 「河野さん、すごいですね」 「?」 「ちょっと緊張してそうでした。あんまりそういうのしなさそうなのに」 「あぁ、そうだね」 「やっぱり緊張するのかなぁ。久我山さんも緊張したって言ってましたもんね。どちらも、すごいエリートなのに。それでも緊張するのかなぁ」  お酒もすごくすごく美味しくて、足元がふわふわする。よくいうでしょ? 酔っ払ってると真っ直ぐ歩けないっていうの。確かにまっすぐ歩けてないや。  歩道のタイルの合わせて、歩きたいのに。今は、この色が違って、少し濃いところにだけ足を置いていいゲームを一人でしてるのに、ほら、また、落っこちちゃった。  どぼーん。って、ほら。 「あのスパークリングワイン、すごく美味しかったですね」 「あぁ、そうだね」 「苺が入ってるのびっくりしました」 「素敵だった。でも、少し飲ませすぎたね」 「? おれ、ですか? 大丈夫ですよー。全然」 「今日はうちに泊まるからと調子に乗った」 「えへへ。俺も調子に乗りました」 「汰由」 「はーい」  ほら、ここ、この色が濃いタイルのところ。やった。今度は着地成功。 「本当はこの間、スノボー旅行の時に言おうと思ったんだけど」 「?」 「それどころじゃなかったからね」 「あはは、俺、はしゃぎすぎて、すぐに寝ちゃった」 「あぁ、とても楽しかったみたいだね」 「はいっ」  すごくすごく楽しかった。雪山は初めてだった。あんなふわふわの雪は触ったことがなかった。スノボー、というかウインタースポーツなんて初挑戦だったけど、最後、ちょっとだけ滑れたでしょう? もちろん、一日と半日じゃ、義信さんみたいにかっこよくなんて滑れないけれど。しかも、二日目は筋肉になっちゃって、滑ろうにも、ギクシャクギクシャク、ブリキのおもちゃみたいだったから。  でもでもすごく楽しかった。 「また行きたいです」 「もちろん」 「えへへ」  今度はもう少し滑れるようになりたいな。  まだまだできないことがたくさん。ラッピングだって、ちっともだし。社会人経験もないし。まだまだ。 「汰由」  まだまだ、貴方とは不釣り合い。 「大学を卒業する前はご両親にご挨拶しに行きたい」 「……」  貴方と生涯を、なんて誓うには、まだまだ。 「それから、僕の両親にも。今は海外だけど、いつかは一時帰国するだろうし。汰由が行きたいのなら、大学のスケジュールとかを見て、夏の長い休みとかに、僕らが、うちの親のところに行くのでもいい。海外旅行を兼ねてね」 「……」 「今はイタリアの方にいるから」 「……え、あ」 「この間は、汰由のお母さんに心配をかけたくなくて、安心してもらうためにただ挨拶をしただけだけど」 「あ、あのっ」  ふわふわしてるから、慌てちゃった。  だって今、それって、つまり、ご挨拶、でしょ?  その、久我山さんがしたみたいな、河野さんが今度するみたいな。 「……それって」  大人の。 「それから、ここ」  そう、そっと囁いて、義信さんが、俺の手を取った。それから、薬指のところをそっと優しく指先で撫でた。 「まだ汰由は学生だ」 「……」 「それにこれからいくらでも良い出会いがあるだろう」 「……」 「汰由はまだ他の恋愛をしたことがない。したくなるかもしれない。僕よりも良いと思える人が本当はいるのかもしれない」  ない。そんなの、あるわけない。 「でも、それでも、僕を選んでもらえるように努力するから」  そんなのしなくても、俺は貴方だけだもの。貴方しか、好きじゃないもの。 「だから、ご両親の許可を得て、君のパートナーとして認めてもらえたら、この指に指輪を贈らせて欲しい」 「……」 「君にはパートナーがいるんだっていう証」 「っ」  涙が。 「ダメかな」  落っこちちゃった。 「もちろん、これから出会うかもしれない人の方が汰由が好きになったら、それは仕方がないけど」 「ないっ」 「……」 「そんなのないもん」  まだ俺は子どもで、いっぱいいっぱい背伸びをしないと聡衣さんたちと一緒にいるの笑われてしまいそうな、拙い子どもで。だから、挨拶なんて、生涯なんて、口にしてしまうと笑われてしまうって。 「義信さん以外の人なんて、ない」  もっと大人にならなくちゃダメだって思ってた。 「義信さんがいいもん」 「本当に?」 「本当っ」  貴方のパートナーになるには子どもすぎるって。 「じゃあ、ここに卒業したら、指輪、してくれる?」  こくんって、大きく、大きく頷いた。 「やった」  そしたら、貴方が優しく嬉しそうに、すごく嬉しそうにそう言って笑ってくれたから。 「義信さん」  俺は、濃い色のタイルから飛び出して。  ぽちゃん。  って、義信さんの足元に落っこちて、そっと、キスをした。

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