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セクシーメリークリスマス編 7 ずっしり重いシュトーレン

「これが、シュトーレン……」  マダムがくれたシュトーレンは粉雪でも降り積もったみたいに、真っ白だった。ラッピングされていた姿で俺は勝手にロールケーキのようなイメージを持っていたから、少し驚いてしまった。  それに、すごく重いし。  ちょっとだけ硬い。 「そう、ドイツの伝統的なお菓子だよ。日持ちするし、出来立ても美味しいけど、日が経つと中のドライフルーツのシロップが生地に浸透して、しっとりとしてきて、それはそれですごく美味しいんだ」 「……へぇ、すごい、です」  すごい、義信さんはなんでも知っていて。  感心していると、ニコッと笑って、そのシュトーレンを切り分けてくれた。それから半分を俺のお母さんたちにって、上手にラッピングし直して、もう少し小さな、お店の小物ギフト用の紙袋に入れてくれる。そんなの大丈夫です。有料のラッピングなのにもったいないって言ったら、職権濫用だからねって笑ってた。 「コーヒーでいい?」 「あ、はいっ」  電子ポットならあるからと義信さんがドリップ式のコーヒー豆で二人分、ほろ苦い香りがとても心地いいコーヒーを淹れてくれた。 「食べ終わったら送るよ」  俺は砂糖もミルクも。義信さんはミルクだけ。 「うん、美味しい」 「! んふ、んぐ、んん」 「薄切りでもボリュームがあるんだ」 「んんん」  コクコク頷くと、ニコッと笑ってる。  ケーキみたいな甘さはなくて、フルーツのほろ苦い甘さと、あと、いい香りもする。 「シロップに少し洋酒を混ぜたりもするからね」  洋酒、お酒入ってるんだ、これ。でも、美味しい。  一口食べ終わると、鼻の奥に少しスパイシーな香りが残ってた。独特な香り、でも、すごく心地いい。 「シナモン、かな」  俺の不思議そうな表情から何かを受け取ってくれた義信さんが、もう一口食べながら、そう教えてくれた。フルーツのシロップ全部からシナモンの香りがするわけじゃない。ところどころでその香りがしたり、もっと甘い香り画したりもする。何種類もあるフルーツのシロップ漬けからそれぞれの風味が楽しめて、一口一口が新鮮な美味しさだった。 「シュトーレン、なんて知らなかったです」 「そうだね。最近は少し見かけるけど、前はこっちじゃ全く見かけなくて、当時……」 「?」  そこで、義信さんが言葉を止めてしまった。  首を傾げると、ちょっと困ったって顔をして、それから、やっぱり少し窮屈だったのか、ネクタイをわずかに緩めた。 「いや、なんでもないよ」 「えぇ、知りたいですっ、当時、なんですか?」 「なんでもない」 「知りたいっ」 「当時、作ってもらえて懐かしく食べたなって思って」 「……恋人、とか、です?」  なんとなく。なんとなぁくだけれど、そうかなって。だって、言うの止めたから。 「……いや、うーん、そう、かな」 「ドイツの人、だったんですか?」 「まぁ、うーん、そう、だね」  ドイツの人が恋人、だったなんて。どこで知り合ったんだろう? 海外での買い付けの時? すごい、そんな出会いなんてドラマみたいだ。 「どんな人、だったんですか?」 「え?」 「その人」 「…………内緒」  どうやら教えてはもらえないっぽい。  すごく気になるのに。  男の人、だった? 義信さんってそもそも恋愛対象、同性? でも女性でも男性でも、ドイツの人なんて、俺よりずっと美形で、大人っぽかったんじゃないかな。それにこのシュトーレンを作れちゃうんでしょう? フルーツのシロップ漬けがたくさん入った、甘さ控えめの、オシャレで渋くて大人っぽいお菓子。  もちろん、俺は作れるわけなくて。  お母さんに少しずつ教わってる最中だけど、お菓子なんて、まだまだのまだまだ。全然無理そう。  そんな大人なお菓子を作れる大人が、義信さんの元恋人、なんだ。 「それよりっ、ほら、汰由、今日は流石に遅くまでは良くないから」 「はい……」  すごく大人っぽかったんじゃないかな。  でも、そうだよね。  義信さんに似合う人って、やっぱり大人っぽくて、セクシーで、色っぽい感じがする。初めての出会いの時だって、俺はもうパニックで大変だったけど、大人な義信さんが包み込むように俺のことを安心させてくれたから、落ち着けたんだ。あんなのすごく非現実的で、衝撃的な出来事だったけれど、慌てることもちっともなくて、それどころかすごく静かで淡々と俺のこと守ってくれた。そんな人だもの。相手も同じくらいに落ち着いているでしょ。  どんな人が選ばれてきたんだろう。  義信さんの隣に入られるチケットはどんな大人の魅力のある人がもらえたんだろう。 「汰由?」 「! は、はいっ、すごく美味しいです! もう一枚食べちゃいたいくらい!」 「……そう?」 「はい!」  コクンと元気に頷いて、二秒後くらい。あぁ、また子どもみたいに返事をしてしまったって、気がついて。キュッと口元を結んだ。もう少し背伸びをしないと、俺ってば、義信さんの好みからはきっと外れた「特例」なのだからって。  キュッと結んで、それから、洋酒の香る大人なお菓子をパクリと大きな一口でいただいた。

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