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ヤキモチエッセンス編 1 ちょっと、接客
春が好き。
前は別にこの季節が好きとか苦手とか考えたことなかった。夏は暑いなぁ、冬は寒いなぁ、そんなくらい。
でも、今は春が一番好き。
春はアルコイリスの庭が花でいっぱいになるから。
だから早く春にならないかなぁ。チューリップがすごく可愛いんだよね。英国風の庭はまるで花束みたいになるんだ。
まだ三月だと庭は少し寂しい。でも、全然咲いてないわけじゃないんだよ。三月はクリスマスローズとオス……オス、なんだっけ。マーガレットみたいなお花で、アルコイリスに咲くのはその中でも白い花なんだけど。常連さんのおうちの庭には同じ種類だけど黄色のが咲いてて、色違いねって教えてもらったんだ。
なんだっけ、その時に名前もちゃんと聞いたのに。
えっと、えーっと。
あ!
思い出した。
オステオスペルマム!
長くて、ちょっと難しい名前だなぁと思ったんだ。
冬の寒さにも大丈夫な花で、花言葉は元気、無邪気と。
――汰由くんみたいなお花ね。
マダムがそう言ってくれたんだ。ちょっと花としてはバラみたいな華やかさはないんだけど、健気で、長く一生懸命花を咲かせてくれる素敵なお花で、マダムは大好きな花なんだって。
でも僕は、もう一つ、別の花言葉がとても気に入ってて。
それが「変わらぬ愛」っていう花言葉。
だから俺もすごく好きな花になったんだ。
って、名前、忘れちゃってたけど。
ほら、あそこ。ここの窓からも見えるところ。でも少し背の低い花だから他の草木に隠れちゃうんだ。そんな感じも俺に似てる気がする。端っこで、地味に咲く感じ。
「汰由、少し、バックヤードで在庫の確認をしてくるよ」
「え! そんな俺やります!」
洋服畳みながら窓のところで花を見てたら、義信さんがノートパソコンを持って、レジの奥にあるバックヤードに行こうとしてた。
俺は最近、すごく早く綺麗に畳めるようになったのが嬉しくて、いっぱい品出しをしている最中だった。棚のところからぴょこんって飛び出して、大慌てで、そんなの俺がやりますって。
「大丈夫。ちょっと高いところの棚のものだから、僕がやるよ。店番頼むね」
「! はい!」
任せてもらえたことが嬉しくて、また、ぴょん、って、今度は気持ちを跳ねさせると、義信さんが手を振ってくれた。
大丈夫。お任せください。
そんな感じに俺も手を振ってみたりして。
だってこれってとてもすごいことでしょう? 任せてもらえるなんて。
だからこれはこれで、頑張るぞって、鼻息荒く、また品出しをもっと綺麗にやろうとしたところだった。
――カランコロン。
来客を教えてくれる鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
扉の方を見ると、背の高い男の人が、一人で立ってた。若い男性。大学生、くらいかな。うちの大学? でも、こんなにかっこいい人なら有名な気がするけどなぁ。じゃあ、違うかな。
って、そうじゃなくて、接客です。
「何か、お探しですか?」
「……あー、えっと」
迷ってるっぽい。
「ちょっとホワイトデーのお返しを探してて」
「はい」
なるほど。ホワイトデー。あ、確かに、そんな時期だ。
「あ、けど、女の子じゃなくて」
「はい」
じゃあ、相手の人は男の人? 男の子? 同年代かな。それとも、年上? 年下?
「お仕事されてる方ですか?」
「あー、はい」
年上なんだ。じゃあ、やっぱりお仕事で使えるものがいいかなぁ。
「お探しのものは、ネクタイ、とか」
「んー、けど、仕事、スーツ系じゃなくて」
「そうなんですね」
スーツでお仕事する人じゃないんだ。じゃあネクタイとかタイピンとかはあんまりいらないよね。
「小物って思ったんだけど、なんか、無難なのじゃなぁって。あ、いや、ここのお店のはすごいセンスいいと思うんで」
「ありがとうございます」
はい! すごくセンス、いいんです。何せ、義信さんが選んで買い付けた素敵なものばかりなので。ちなみに、スーツに関しては、俺の大先輩でお手本の 聡衣さんがセレクトしたものが多いです。すごくセンスばっちりな二人なんです。
「タオルとかハンカチもいいけどなぁって」
「はい」
確かに。いくつあっても困らないし、かさばらないし、あと値段もちょうど手頃だし。じゃあ、ラッピングで豪華にしよう。こんなに色々考えてお返しを選んでるお客さまの気持ちを伝えるお手伝いになるように。
「なんか……物をすごく大事にしてる人だから、財布とかあげても、今使ってるのどうすんの? ってなりそうっていうか」
そうなんだ。物を大事にしてくれる素敵な人なんだ。あと、このお客さまはその人のことすごく丁寧に見てるんだろうなぁ。
きっと、大事な人なんだと思う。
恋人なのかな。これから恋人になるのかな。
でも、この人が教えてくれる相手の人の色々はすごく優しそうな人に思えた。だから、きっと、どれをあげてもその人はすごく喜んでくれるだろうけれど。でも、多分――。
「あの、ここにはないかもしれないのですが」
「?」
「その方の好きなものを選ぶのがいいと思います」
「好きなもの?」
「はい。もう社会人の方って、必要なものは大体揃ってらっしゃると思うので」
彼からもらえたのなら、なんでも嬉しいんじゃないかな。
それに、これは俺の場合なんだけど。義信さんはなんでも持ってて、足りないものなんてなくて、いつもちゃんとしてる。丁寧で、大人で、人も物も大事にしてるから、お財布だって、もう何年も同じ物なんだよって、古ぼけててるよね、なんて照れ隠しに笑ってたけど。俺はそのお財布が素敵だなって思ったんだ。
俺のことも大事にしてくれそうでしょ?
だから、その大事なお財布が古ぼけてるからって新しいのをプレゼントしたくないっていうか。もっと使われたいって財布も言ってそうだから。
ものじゃなくてもいいと思う。
義信さんが喜んでくれるものならなんでもいいと思ったんだ。
「だから、その方が好きなものを。その方が喜びそうなことをしてあげるとか」
「喜びそうな……」
「はい! 僕も、そうしてるので」
好きな、もの。
喜びそうな、もの。
「すみません。いいアドバイスにならなくて」
「ぁ……いや、全然」
「あの」
大丈夫かな。ちょっとはお手伝いになれたかな。
でも、ちょっとお手伝いはできた気がする。だって、ほら、お客さまの表情がふわっと明るくなったから。
「すごい、助かった感じ、です」
「わ! 本当ですか?」
「あ、けど」
「よかったです。ここにはなさそうだったら、今度ぜひ、また、その方と一緒にご来店ください」
「はい。ありがとうございます」
「こちらこそです」
接客業のこんなところがすごく好き。
「今度はお返しとかじゃなくて、一緒にここに来て、服とか選びます」
「! ぜひ。あ、よかったら、お店の名刺をどうぞ」
お客さまが、ここのアルコイリスに来てくれて。
「またのお越しをお待ちしています」
次に、あの鈴を鳴らしてお店を出る時には楽しそうに笑っててくれるのが、すごく好き。
自分のためだったり、誰かのために、何か楽しそうにしてくれてるの。それをちょっとだってお手伝いできたらのなら。
「汰由……ありがとう。店番」
「はい!」
最高だって、思うんだ。
そして、少しでも義信さんの役に立てるのなら、すごくすごく嬉しいなって思うんだ。
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