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ヤキモチエッセンス編 2 目指すは歩く広告です。
ファッションなんてあんまり詳しくなかったから。
「夏はシャツかぁ……」
なるほど。それなら俺もシャツ、買おうかな。うん。
義信さんには別に気しないでいいよって言われてる。アルコイリスでアルバイトする時の俺の服のこと。今の俺の私服ってほとんどアルコイリスで買ったものばかり。素敵だからっていうのもあるけど、でも、拙い俺のコーデでも、お手本にしてもらえるかなぁって。未熟だし、恐れ多いけど、聡衣さんみたいに素敵になんてなれてないけど、微力ながらにね、目指してるんだ。
アルコイリスの歩く広告っていうのに。
聡衣さんも大体の服はアルコイリスで揃えてる。いつも素敵で、いいなぁ、そのコーデ真似したいなぁって思うし。そんな素敵なコーデをしてる人なら、素敵なアドバイスをくれるかもって、洋服選びとか訊いてみたくなる。
俺もそんなふうになるのが目標。
そのため、ファッション雑誌も毎月チェックしてる。夏のおすすめコーデとか、カラー、デザイン、そういうの詳しい方が接客の時に役に立つでしょ?
そして、歩く広告になるために、毎シーズンだったり、こまめに服は買ってる。でも、義信さんは、アルバイト代なくなっちゃうでしょ? って。
いいんです。
俺、義信さんのお店、そもそも大好きだし。
ね、それに、あのね。
ちょっと、言うと気恥ずかしいんだけどね。
あのお店にある洋服は全て、義信さんが気に入ったものばかり。
だから、その、アルコイリスの服を着るってことは、義信さんが選んだ服を着るってことになるわけで。なんかちょっとドキドキするし、嬉しくてニヤニヤしちゃうなぁって。もちろん! 他の、例えばマダムだったり、男性のお客さまも、女性のお客さまもいて、その人たち全員、俺と同じように義信さんが選んだ服を着てることになるんだけどさ。
でも、内心、俺にとってはドキドキしちゃうことっていうか。
言わないけど。
言えないでしょ? 義信さんが選んだ服着て、ドキドキしてたいんですなんて、変な子って思われそうだし。でもでも、やっぱり――。
「……ぁ」
思わず、声、出ちゃった。
一人でドキドキして、ジタバタしたいのをグッと堪えてたら、隣の席の子が同じ雑誌見てたから。ファッションの、今年の夏コーデ、着回しのススメ一週間、のやつ。
もう講義が始まるから、講堂に着席して、待機してる。
ちゃんと講義が始まったら集中してやるけど。でも、そろそろ夏服を揃えたいなぁって思ってる俺は、こっちの一週間着回しのススメもしっかり学習したくて。
で、その同じ雑誌を隣の人も見てた。
でで、その隣の人は俺が声をあげたから、なんだろうって、こっちを見て。
同じ雑誌を持ってることに気がついて、気まずそうにしちゃった。
話したことない人。
俺、友だち少ないから、話したことのない人の方が多いんだけど。
でも、この人はもっと、なんというか、地味な人。
「……同じ雑誌だね」
「! あ、ぁ……うん」
普段の俺なら、こんな時、こんなこと、絶対に言わない。話しかけたりなんてしない。けど、これもアルコイリスでアルバイトしてる影響かな。最近、そこまで人と話すことに臆したりしないっていうか。初対面の人とでも身構えることなく話せたりするようになったんだ。
この間だって、ホワイトデーにお返しを買いに来た、大学生っぽい男性のお客さんと気軽に話せたし。
ちょっと、ちょっとだけだけど、話をするの好きになったっていうか。
だって、聡衣さんならこういう時、きっと、この隣の彼に気軽に話しかけそうでしょ? 例えば……。
「この雑誌、アドバイス、すごくためになるから俺も買ったんだ」
こんなふうに話しかけると思うんだ。もっときっと優しく、もっと相手が話しやすい雰囲気と笑顔だろうけど。
「あ、う、うん」
「一週間コーデとか、参考になるし」
「う、うん」
わ。やった。なんか、ちょっと、俺、話してる。
ファッション詳しくなりたいのかな。なんか、昔の俺みたいな人だな。地味で、ワイシャツにベスト、ただのズボン。無難、なのを着ておけばいいや、よくわかんないし。変にオシャレぶっても、センスないからおかしなことになりそうだし。それに、オシャレなお店って入りにくいから。だから入らない。買えない。買いに行くのはいつも無難コーデの衣類量販店。
でも、この雑誌を買って読んでるってことは、オシャレになりたい、とか?
「あ、そのページのさ」
そこで、教授が来ちゃった。
だから、それ以上は話せなかった。俺たちは慌てて雑誌をカバンの中に仕舞うと、テキストを大急ぎでその机の上に広げた。
「それで! すごく背の高い人だったんです。義信さんくらいあるかもしれない! ファッション興味あるのかなぁ。同じ雑誌持ってて」
「……そうなんだ」
「はいっ」
講義が終わって、その人にアルコイリスのこと宣伝したかったんだけど、課題の提出をしなくちゃいけなくて、慌てて準備してる間にその人は離席しちゃった。
振り返ると後ろ姿だけ見えて。背、高かった。メガネしてて、黒髪で。
「また会ったら、名刺、渡そうと思って」
アルコイリスの。微力ながらに宣伝しようと思って。
「なので、一枚、持って」
「……汰由」
「はい」
レジカウンターのところにある、俺ももらったことのある名刺を一枚手に取った。
「……」
その手を義信さんが取って。
「……っ」
キス、してもらっちゃった。
もうお店は閉店時間すぎてるけど、でも、まだここお店の中なのに。
なんだか、俺にとってはご褒美をもらえた気分。
「今日は、晩御飯、お家にあるかな?」
「! ないですっ! 全然っ、ないです!」
キスしてもらえて、そんなこと言ってもらえて、思い切り元気に返事しちゃった。
晩御飯の準備、全然ないですなんて、まるで子どもみたいに答えちゃって、恥ずかしいけど、義信さんが笑ってくれて。
「じゃあ、まだ一緒にいれる?」
そんなこと言ってくれたから、嬉しくて、たまらなくて、コクコクって、何度も何度も頷いちゃった。
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