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ヤキモチエッセンス編 6 彼は今、モヤモヤしている
増原くんが買ってくれたのはTシャツ一枚だった。
売り上げとしての貢献は――。
――たくさん買って欲しい、って思うのは厳禁。お客様にたくさん買ってもらって、お店の売り上げを、なんて思うと、必ず、それが顔や言葉の端っこに出るからね。大事なのは。
はい。売り上げへの貢献なんてことは考えたりしません。
お客様に良い買い物ができたって思ってもらうことが一番、です。
聡衣さんから教わった大事なこと。
だから、Tシャツ一枚でも、増原くんが気に入ってくれたらいいです。
「送るよ」
「はい。ありがとうございます。でも……」
今日は、お仕事たくさん残ってる。春物の小物とかまだ並べ終わってないし。ギフト用のリボンだって春らしい色のものがまだ少ないから事前に作っておかないといけないでしょう? でも、今日はお客さまがたくさん来てくれたから作業の方は思ように進まなくて、義信さんも一緒にやってくれた。だから、クローズ後に、今度は義信さんしかできないお金の計算とか、色々やらないといけないことが残ってて。
「あの、でも、俺、今日は一人で」
「ダメ。送るのは必ずって約束」
「そう、だけど」
でも、俺ももう子どもじゃないから一人で帰れるよ。か弱い女の子でもないし。
「さ、もう荷物は大丈夫?」
「はい」
「このあとの仕事の前に息抜き、も兼ねてるんだ」
そう言って義信さんが笑ってくれる。
たったの十数分のドライブデートで気分転換するんだって。そう言えば、俺が気兼ねなく車に乗ってくれると思ってるんだ。優しくて、気配りのできる、かっこいい義信さん。
本当はお仕事、俺も居残ってやっていきたいけどなぁ。
でも俺の手伝えることはもうないし。
いても、きっと俺のことを気にかけてくれるから、逆にただの邪魔にしかならなくて、仕方がないと車に乗り込んだ。
義信さんの車で送ってもらえるのはすごく好き。ほのかに、本当に微かにだけれど、義信さんの香水を感じられるから。
静かに走り始めた車の中で今日も心地良くなれて、ホッと柔らかい溜め息が溢れた。
「……今日、来てた彼が、大学生の?」
「! あ、はいっ、同じ大学の、この前、話した、名刺渡した人ですっ。ね? 義信さんくらいに背高いでしょ?」
「どうだろう。彼の方が少し背、低いかな」
「確かに! 並んだわけじゃなかったから。あまりわからなかったです。でも、大学でみ見かけた時は、みんなより頭一つ分高くて。義信さんみたいだなぁって」
「……そうなんだ」
「Tシャツ買ってもらえました」
「そうだね。汰由のお客さんだね」
「えぇっ? そんな……アルコイリスのお客さんです」
「そうだね」
はいってまた元気に返事をした。
「常連さんになってくれたらいいなぁ。マダムみたいに」
「……そうだね」
「義信さんのお店、本当に素敵ですもん。この間はホワイトデーのお返しを買いに来てくださった、あの人も大学生でした」
「そうだね」
「今度また来ますって言ってましたよっ」
「汰由の接客がとても上手だからだよ」
「!」
やった。褒められた。そう気持ちがぴょんって跳ね上がった。
全然、俺が役に立てることなんてちょっとくらいしかない。だけど、それでも、俺を見つけてよかったって義信さんに思ってもらいたくて、いつだって、どこでだって、何かないかな、何かできることないかなって探してるんだ。
だからこうして褒められると、本当に嬉しくてたまらなくて。
「ふふ」
にっこりと笑うと、義信さんが頬を撫でてくれた。
「そんなに……」
「? あの、今、なんて?」
何か、小さく義信さんが呟いたけど、聞こえなかった。
「いや、なんでもないよ」
「? でも、あの、俺はまだまだです」
「そう?」
「聡衣さんみたいに接客上手じゃないし、義信さんみたいに、エスコートも上手じゃないので」
今日だって、マダムが帰るところに大急ぎで駆けつけたくらい。あれが義信さんだったら、別のお客様とお話ししながらでも、周りを全部把握して、さっとね。行けちゃうんだ。
ちょっと失礼しますね。
そう柔らかくお話しして、マダムよりも先に扉のところに行って、待っていてくれる。
そんなふうになれたらいいんだけど、まだ、全然。
マダムよも早く扉を開けないとって、まるで徒競走みたいにお店の中を走ってしまった。走るのだって、本当はダメなのに。他のお客様にぶつかったら大変だから。小さなお子様連れのお客様だっていらっしゃることがよくあるんだから。
「もっと頑張ります」
「……そうだね」
「…………なんだか」
「?」
「今日の義信さん、そうだね、ってたくさん言うなぁって思って」
「! そうだね」
ほら、また。
けれど、そこで義信さんが笑ってくれた。きっと今のは、冗談混じりの「そうだね」だった。ちょっと苦笑いしてる。
「今日の僕はちょっと子どもなんだ」
「?」
どうして? いつもどおりにとてもかっこよくて、大人で、素敵なのに。そんなことない。
「次の定休日は、大学が終わったあと、映画でも観に行こうか。映画を観て、美味しいご飯を食べて、もしも許可が降りるならうちに泊まる?」
「! はいっ! はいはい! はーい!」
ね? そんなことないでしょ? 俺の方が断然、とっても子どもみたいでしょ?
そして元気に嬉しそうに、はしゃぐ子どもみたいに返事をした俺に、また義信さんが笑って、目を細めてた。
その横顔に、俺は、ほら、やっぱり大人だって見惚れてた。
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