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ヤキモチエッセンス編 7 蒲田相談室
大学、終わったらお迎えに来てくれるって。
「ふふ」
映画、何観よう。何か面白そうなのあるかな。
「えへ」
夕飯どこで食べよう。
車で行くなら、帰りにお酒は飲めないもんね。あ! でも、でもさ、俺が運転してあげればよくない? 義信さんには酔っ払ってもらって、俺が介抱する。
あー、とっても楽しそう。
頼られたいなぁ。
「ただいまー」
「あら、おかえり」
元気よく帰宅をすると、お母さんがリビングの方からひょこっと顔を出してくれた。
「お夕飯は?」
「食べます」
おうちで家族と食事ができる時は家族とご飯を食べるように。そう義信さんとは約束してる。
「手、洗ってきます」
本当は義信さんともっと一緒にいたい。
でも、うちに帰ってくると、すごく不思議なんだけど、ホッとするし、お母さんたちと一緒にご飯食べたいなぁって思う。
今日は、こんなことがあったんだ、アルコイリスでこんなことをやって、こんなこともできるようになったよって、話したくなる。
義信さんの恋人になれてからの一番の変化かもしれない。
前の俺は自分のことに悩むのに忙しくて、お母さんたちとその日あったことを話す暇もなかったから。
「……ぁ」
電話だ。
カバンの中でスマホが鳴っている。タイミング的にきっと義信さんだと思って、飛びつくようにリビングへと戻り、ソファの上に置いた鞄を探った。
「? わっ」
スマホを見つけて、その画面に表示された珍しい人の名前にびっくりした。
蒲田さんだ。
「も、もしもしっ」
『夜分にすみません』
「い、いえっ」
『元気かなぁと思いまして』
「はい! 元気です!」
『そのようです』
蒲田さんが電話の向こうで柔らかく微笑んだのがわかった。
「……あの、えっと」
これを言ってしまったら怒られちゃいそうだけど、別に蒲田さんと俺はすごく親しいってわけではない。暇? って電話をするほどの間柄ではなくて。それを言ったらきっと義信さんの方がずっと俺より親しいと思う。だから夜にかかってきたこの電話がすごく不思議で。
でも、何か用ですか? なんて訊くのも、ね。
『すみません。ちょっとご相談したくて』
「は、はいっ」
俺でわかるかな。でも、役に立てるのならって身構えた。
『あのですね。四月から新卒の方が入るんです』
「はい。そうなんですね」
『それで、新卒の方と僕では世代が違うので、よくわからなくて、色々、今度でいいのでご指南いただけないかなって』
「……」
これ、言ったら、きっと怒られるよね。でも、今、すごく心の中で思った。世代はちょっと違うのかもしれないけど、大差ないと思うし、あの、えっと、その……多分、外見だけなら、同世代にしか見えないですって。蒲田さん、大学生にだって見えちゃうと思うな。特に、笑った時とか。スーツだと、雑妙に着なれてる感じがあって、新卒の大学生には見えないっていうか、なんか、なんとなく、色っぽいなぁって、俺から見ても思う時があるけど。プライベートで会うと、私服でしょ? その時は大学生にしか見えないかも。
とりあえず秘書さんには見えない、かも。
『あの、ご迷惑……』
「! あっ違っ、すみませんっ! はい! なんでも、質問してください!」
無言を否定的に捉えられてしまって、大慌てで、そうじゃないですって伝えた。もちろん、俺なんかで役に立てることがあるなら、質問でもなんでもして欲しいよ。承諾が得られてホッとしたのか、見えないはずの電話の向こう側で表情を緩める蒲田さんが想像できた。
『どうですか? アルバイトしながら大学生をするの大変じゃないですか?』
「全然です」
そう答えると少し対面で聞く時とは違う、電話越しで聞くとちょっとだけ低く感じる声が、それはすごいって褒めてくれる。
「今日、俺の大学の人がお店に来てくれたんです。俺、お店の名刺をその人に渡して。もしよかったらって」
『それは素晴らしいです』
「背が高いので、義信さんみたいにカッコよくなれると思うんです」
もちろん、義信さんには……ね。あんなにかっこいい人は他にはいないから、真似はできるかもしれないけど、同じにはちょっとなれないと思う。でも、義信さんにちょっとでも似てる感じにできたら、きっとあの人もモテモテになれるよ。本当に義信さんって男女問わず人に好かれちゃうから、恋人の俺はちょっと気が気じゃないんだけど。
『汰由くんは、義くんベタ惚れですね』
「はい! あんなにかっこよくて、大人で、素敵な人いないです」
『ふふ、そうですね』
「本当にっ」
『かっこよくて、大人で、素敵』
「?」
だって、そうでしょう?
『僕が知ってる義くんはかなり子どもっぽいので』
「えぇ? そんなところ、見てみたいです」
たまに、子どもみたいにはしゃいでくれることがある。デートしましょうって俺が誘った時とか。そんな義信さんが見られるのは、恋人の俺だけだから、すごく貴重で。
もっと見たいなぁっていつも思うんだ。
他の人が見られない、親戚の蒲田さんだって見たことのない義信さんを。
その時だった、一階のリビングの方からお母さんがご飯の手伝いをしてって声が聞こえてきて、慌てて、返事をした。
『もしかして、お邪魔をしてしまって』
「あ、いえ、夕飯、なので」
『それはっ、大変失礼しました』
「いえっ」
『では、また、相談させていただくと思うのですが、その時はよろしくお願いします』
「はいっ」
そこで電話を終えて、急いで下へ手伝いへと向かった。あ、そうだ、それから。
「あ、ねぇ、お母さん、次の木曜日なんだけど」
言っておかないと。
次のアルコイリスの定休日の日は、お泊まり、してもいい? って。義信さんとデート、したいんだ、って。
キッチンへ行くと、チキンのトマト煮の美味しそうな匂いがふわりと漂っていた。
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