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ヤキモチエッセンス編 5 オステオスペルマムの花言葉
来てくれるかなぁ。
来てくれたら、このニットと、それからパンツ、あとTシャツもお勧めしたいんだよなぁ。こっちの色暗めのパンツもいいんだけど、そんなには買えないだろうし。来てくれたからって、あれもこれもそれもって勧めたら、押し売りみたいになっちゃうよね。
――お客さんがすっごいお金持ちで、アラブの王様なら別だけどさ。普通は予算ってあるでしょ? その予算のことも考えて提供しないと。そっちはお金儲けがしたいだけなのねって、なったらもうアウトだからさ。
そうだ。聡衣さんの教えその一。
お客様に寄り添ったサービス。
それができたら、お客様は必ずまた来てくれる。
だから、あの人の欲しいものをまずは聞き出して。
その欲しいものに、なりたいファッションに寄り添わないと。
うん。ニット、すごくおすすめしたいけど、とりあえずはTシャツ。うんうん。そうしよう。あの雑誌を持ってたってことは「一週間着回しコーデ」が知りたいんだから。それなら断然、おすすめはTシャツ。サマーニットはすごく肌触りも良くて、着心地抜群、特に義信さんが選んだこのニットはシルエットもすごく綺麗だけど、着回しっていう点でいったらあまりポイント高くない。一枚でしっかり成り立っちゃうファッションだから。
だから、やっぱりTシャツの方が重宝する。
「……汰由」
うんうん。あの人が来たら、聞き出して、それからこのTシャツを――。
「汰由」
「! は、はいっ!」
Tシャツを両手で広げて、じっと眺めながらどんな着回しファッションを影響できるか考えたところだった。
「はいっ」
「……少し、休、」
――カランコロン。
義信さんのお話を遮るように扉の鈴が鳴った。
あの人かも! って、俺は飛び上がって、背筋を伸ばした。
「あらぁ、汰由くん、びっくりさせちゃったからしら」
「あっ、えと……全然ですっ。こんにちは。いらっしゃいませ」
「こんにちは」
来てくれたお客様は常連さんのマダムだった。
「今日はお買い物じゃないの。来週になったら夏物がたくさん入荷するって教えてくれたでしょう? だから、お買い物は来週させていただくわ。今日は、これ」
「?」
「今日はデパートに行ってきたの。すごく美味しそうなパンがたくさんあったから、汰由くんにもお裾分け」
そう言って、マダムが紙袋を差し出してくれた。
「えぇ、いいんですか?」
「えぇ、二人で食べてね。こっちはラズベリーチョコが混ぜ込まれてて、こっちはホワイトチョコ」
「わっ」
すごく美味しそうだった。
それに、焼きたてじゃないのに、中の紙袋を開いた瞬間、小麦? なのかな。パンの香りがお店の中にふわりと広がった。
「あと、この食パンはくるみと白いちじくが入ってるの。すごく美味しくて、こんなに小さいのにボリューム満点。夕食にもぴったりよ。二人で仲良くカットして食べてね」
「! ありがとうございますっ」
「ふふ。汰由くんはいつでもニコニコで可愛いわ。なんでもしてあげたくなっちゃう」
「ありがとうございます」
マダムがにっこりと笑って俺の肩をちょんって突いてから、義信さんの方へ視線を向けて、またにっこりと笑った。振り返ると、義信さんがちょっと困ったみたいに笑って。
――カランコロン。
また扉の鈴が鳴った。今度は誰が……。
「あっ!」
つい、大きな声出しちゃった。
「……あ、あの……こんにちは……」
「こっ、こんにちはっ」
わっ、やった。
すごい。
「あ、あの……」
「いらっしゃいませ」
お客さん、一人、俺が呼べちゃった。
「あの」
「あ、どうぞどうぞっ、こちらへっ」
落ち着いて。
押し付けちゃダメ。
ちゃんと彼の着たい服の雰囲気と、予算と、聞いてから。
抑えて抑えて。
聡衣さんみたいに素敵な接客を目指して。できたらきっと。
「夏コーデを……」
アルコイリスの、義信さんの役に立てるから。
「あ……このTシャツ、いい……かも」
「! ほんと? あの、これ、おすすめしたいなぁって思ってたんだ。背、高かったから、Tシャツとパンツっていうシンプルなコーデでも全然」
「え、えぇ……お、俺?」
「うんうん」
「あ、ありがとう、あの」
「あ、予算ってどのくらいですか? あ、えっと……」
普段なら接客の時に名前なんて訊いたりしないけど、同じ大学の人だから。
「あ、俺っ、増原(ますはら)」
「増原くん」
「は、はいっ」
増原くん。メガネのせいか大人しそうで、真面目そうで、頭が良さそう。
「えっと、予算はあんまり……」
「あ、じゃあ、パンツは持ってるのでいいと思う。今履いてるのでもTシャツ合うよ」
「ほんと?」
「うんうん」
「さてと、汰由くん」
「! あ、はいっ。接客、頑張ってね」
「はいっ」
「ふふ」
マダムがにこりと微笑んでから、じっと俺を見つめてる。
「? あの」
義信さんとおしゃべりしてた。何を話してたのかは聞こえなかったし、増原くんの話すことに耳を傾けてたから。
「今日は、ちょっと珍しいものが見られたわ」
「? そう、ですか?」
先週来てくださった時とそんなに品揃え変わってないと思うんだけど。
「またね。来週来るわ」
「! はいっ、ぜひ、あ、増原くん、ちょっとだけ、失礼します」
ぺこりと頭を下げて、お店を出るマダムをエスコートした。先へ回り込んで、扉開けると、柔らかく微笑みながら、ゆっくりと外へと歩いていく。
「オステオスペルマム、綺麗ね」
「はい!」
「うふふ」
「もう少ししたら他のお花も」
「そうね。そのうちトゲトゲしているバラも満開になるかしら」
「? そう、ですね」
「今日はまだお花は見られなそう」
「? はい」
なんのことだろう? って首を傾げてると、また、マダムが俺の肩をちょんって突いて、日傘をかざした。
「……? って、あ、増原くんっ」
お店の中でポツンとしてしまっているだろう、増原くんをほったらかしてると、俺は大慌てでお店の中に戻っていった。
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