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18.*****

 芯の拘束を解き、もう一度2人で風呂に入る。さっき入った時は向かい合って座っていたけれど、芯は今、僕の膝の上に居る。  何も言わないけれど、これが芯の甘え方だ。  芯の肩に顎を乗せ、反対側から頭を撫でる。ちゃぷっと、静かに水音が反響した。 「ねぇ、芯。僕の名前知ってるよね?」 「······知らない」  耳を赤く染めて答える芯。口を尖らせる癖、嘘つき。  頑なに呼ぼうとしない理由は分からない。けれど、きっと僕を愛してくれたら呼んでくれるはずだ。  僕がベッドを片してる間に、芯はコーヒーを入れてくれた。芯好みの、角砂糖を5つも入れた激甘コーヒー。僕は、()せるのを(こら)えつつ飲む。 「明日からも、ここに帰っておいでね。鍵、渡しておくから」 「家の鍵なんか簡単に渡すなよな····。つぅか“先生”がこんな事していいの? すげぇ特別扱いじゃん」 「そんな今更····。そうだよ。芯は僕の特別。ここに居る時は芯を生徒とは思わないから、覚悟はしておいてね」  僕を揶揄う様な笑みを見せていた芯が、ムスッと表情を変える。この手の話をすると、いつも機嫌が悪くなる。面倒なのだろうか。 「······だったら、俺らの関係って何?」 「関係··か。ねぇ芯、好きだよ」 「知ってる。で?」 「で··って····。その··恋人になりたい」 「この部屋だけの恋人ごっこって事? それとも、卒業しても続くやつ?」  意地を張っているつもりなのか、くだらない事を聞く芯。そんな、泣きそうな顔をさせたいわけじゃないんだ。 「それは芯次第だよ。とりあえず、僕の家(ここ)に居る時だけでもいいから。恋人として過ごしたい」  何が“とりあえず”だ。僕は、意気地も勇気もない。  卒業したら、芯をこの部屋に囲いたい。一生僕の傍で泣いて縋って甘えていてほしい。そんな事も言えずに、何が『愛している』だ。言葉にしてそれを伝える度胸も無いくせに。  コーヒーを飲み終え、2人でベッドに入る。初めて2人で過ごす夜。少し緊張しているのか、互いに上手く言葉を交わせない。  明日は土曜日。このまま抱き潰すことも考えたが、抱き締めると安心して眠ってしまった芯を、どうにも起こせなかった。    蝶や花のように愛でたい。あどけない寝顔が堪らなく愛おしい。そう思えば思うほど、この手で壊してしまいたくなる。  矛盾した心が、日に日に制御できなくなってゆく。芯を手に入れられない焦りからだろうか。  芯の髪をサラッと指で流す。細く柔らかい猫っ毛。こんなにも明るい銀色に染めるのは、虚勢を張りたいからなのだろうか。似合っているから好きなのだが、資料にあった黒髪の芯も愛らしくて好みだ。  翌朝、芯は僕の腕の中に居なかった。夜中のうちに帰ってしまったのだろうか。僕は、しょぼくれた顔で起き上がる。 「先生、起きた? 先生さぁ、もしかしてコーヒー甘いのダメなの?」 「え····芯、居たんだ····」 「居ちゃ悪いのかよ。アンタが連れ込んだくせに。で、コーヒーは甘くない方がいいの?」 「あ、うん。ブラックで」 「マジかよ。昨日、よくあんなクソ甘いの飲んだな。····ごめんな」  言わなかった僕の落ち度なのに、謝ってくれる優しい芯。これも、心を開いてきたサインなのだろうか。 「あと······ありがと」  キッチンに、開けたばかりの角砂糖があるのを見て、芯は自分用の物なのだと気づいたらしい。遠くないうちに芯を連れ込む気でいたから、前もって買っておいたのだ。  芯は頭の良い子だ。周りもよく見ている。自分がどう立ち回れば上手くいくのかを心得ている節がある。それらはおそらく無意識だが、時折見せるあざとさに関しては計算高い気がしてならない。  それなのに、僕にはさほど興味が無いのか、僕がいつも無糖の缶コーヒーをデスクに置いていたのは知らないのだ。何にしても、角砂糖5個なんて普通は入れないだろうけど。    芯が意外にも甘党な事も、肉より魚が好きな事も、僕しか知らなくていい。僕の好みなんて、これから覚えてくれればいい。少しずつ、お互いの事を知っていけたらいい。  ここにいる間だけの恋人ごっこ。リスクが高い学校での行為も控えよう。卒業しても、芯と居られるように。

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