41 / 61

41.###

 マジで店員が注文を聞きに来た。そりゃ呼んだんだから来るよな。  俺は極力顔を見られないように、俯いてやり過ごすつもりだった。なのに、調子こいた先生が声を掛けてくる。 「芯はブリュレでいいの?」 「んぁ? あぁ、うん」  声が上擦った。クソ恥ずかしいんだけど。後で絶対(ぜってぇ)仕返ししてやっからな。  顔が熱い。無駄に長い足で、ちんこ踏んできやがんの。バレたら俺より困るくせに、マジでイカれてんじゃねぇの?  店員が扉を閉めた瞬間、つま先でタマをぐりっと潰された。これ、吐きそうになるからやめろつってんのに。 「やめろって····。バレたらどうすんだよ。俺··マジでこれ以上声我慢できねぇよ?」 「バレたら····芯を担いでお金置いて逃げようかな。それから、車に投げ入れて犯す」 「はぁ····。犯す前にどっかテキトーに逃げろよ。先生って、頭良さそうなのにバカだよな」 「芯は、頭悪そうに見えるけど実は賢いよね。と言うか、聡いんだろうね。機転も利くし、案外冷静だし。僕が周りを見れてない時、結構頼りにしてるよ」  テーブルに肘をつき、組んだ手に顎を乗っけてにこやかに言う。褒められてんのかバカにされてんのか分かんねぇけど、いつものちょっと嫌味な感じが復活してきたっぽい。ウザイけど、一安心かな。 「マジか、しっかりしてくれよ。つか、先生は予想外に頼りねぇよな。あんな鬼畜みたいなセックスする割に、スイッチ入んねぇと素はめっちゃヘタレだし。マジでさ、気が弱いクセにすぐ理性飛ぶの厄介すぎ」  まぁ、気持ちよくなったら理性ぶっ飛ぶのは俺もだけど。  生徒指導室に入り浸ってる時、人が来たら仮眠室に隠れてやり過ごしてたんだけど、先生が“先生”してんの見て分かった事がある。  冷たいのかと思ったら、それ以前に関心がないだけなんだよな。マニュアル通りってわけじゃないんだけど、対応が事務的っつぅか、さっさと解決して帰らせようとしてんのがすげぇ分かる。  けど、評判はいい。特に女子からは。相談に来んのも大多数が女子だし。本人にその自覚は無いみたいだけど、俺は面白くなかった。無自覚でモテる奴ってウザイよな。 「あはは····。凄い言われようだね。どれも言い返せないのが情けないや。芯は、思ってたよりもずっと強いよね。精神的に、もっと脆弱なのかと思ってた。遠目に見ていた芯はね、思春期ならではのほら····幼稚にツンツンしてたり、イキがってるんだとばっかり··ね」  すげぇ一気にディスってくんじゃん。憂い気な目で網見つめて何言ってんの? マジで1回はっ倒してやろうかな。 「ごめんね。けど、知れば知るほど違うのが分かって、それと同時にどんどん魅力的に見えて惹かれていったんだ」  はっ倒すのはやめてやるけど、今度はクソ恥ずかしくて殴りたくなってきた。反射的に暴力に訴えようとすんの、マジでやめねぇといつか先生に手出そうだな。 「僕の弱い部分を、過去さえ知ってもなお、好きだって言ってくれたのは凄く嬉しい」 「ふーん。別にさ、過去とかそんなんどうでもいいじゃん。俺だって、たぶん一般的なのとは違う家庭環境だったり、その··色々されてたりとかさ、先生は受け入れようとしてくれたじゃん」  先生が俺を囲い始めた理由。俺を助ける為なんだよな。  そういや、未だに親父から連絡はない。多分、帰ってない事に気づいてすらねぇんだろうな。  予想通りすぎて笑えてくる。けど、俺を必要としてくれる先生と居るから、そんなのどうでもよく思えんのかも。現に、アイツが野垂れ死んでようと、なんの感情も湧かない。  先生は『お互い様だね』と言って、哀しそうな目を伏せてふっと笑った。そんで、俺の目を真っ直ぐ見つめて、大人の顔でこう言った。 「芯、卒業しても僕の傍に居て。これから、何があっても僕から離れないで。一生、芯を檻に閉じ込めておきたい」  すげぇプロポーズだな。普通だったら怖がられて即拒否られんぞ。なのに、一瞬気持ちがぶわっと熱くなったのは、俺も頭がおかしいからなのかな。 「たまには飯食いにデートしような」 「する! 後でちゃんとホテルに連れて行くから、ごめんね。朝方には帰るようにするね」  テンパる先生。オッケー貰えると思ってなかったのかな。むしろ、断る理由なくね?  つぅか、プロポーズのオッケー貰って、返事がホテルで犯すねってなんだよ。どんだけテンパってんの? めっちゃ面白いんだけど。  真顔でワタワタする先生がすげぇ可愛い。ダメだな。俺も相当脳が侵されてる。おしぼり持って置いてって、何回すんだろ。パニクってる先生は見てて飽きないな。  そんな中、注文してたブリュレが来た。今度は、受け取った先生の声が上擦ってる。ざまぁみろ。  これ食っても、後で全部吐かされんだろうな。とか思いながら食う飯でも、美味いものは美味い。  吐くのも気持ちいいから別にいいんだけど、やっぱ勿体ねぇよな。俺を丸々太らせるとか前に言ってたけど、体重はほとんど変わってない。そりゃ、食っても吐かされてるんだから意味ねぇよ。  それを先生に言ったら、めちゃくちゃ渋い顔で『善処するね』つってた。面白いから『好きにすれば』って言ったら、『芯はバカだね』とか言いやがんの。  やっぱムカつくんだけど。それでも、先生の笑顔を見たら、そこまで怒れねぇのが不思議だわ。

ともだちにシェアしよう!