55 / 61

55.*****

 何やら、芯が酷く落胆している。大きな溜め息を吐いて、両手で顔を覆ったまま停止してしまった。  まさか、本当に今の今まで自分がマゾだと気づいていなかったのだろうか。だとしたら可愛すぎる。 「芯、顔見せて」 「····やだ」 「どうして?」 「なんか恥ずい」  僕は、そっと芯の手を退けた。耳まで真っ赤にして、目にいっぱい涙を溜め、それが今にも溢れ出しそうだ。  小さく一息吐いて、芯の涙を啜る。なんて愛おしいのだろう。  奏斗さんは、芯のナカをゆっくり捏ねくり回す。きっと、自分がマゾであることを思い知らせるつもりなのだろう。  涙の引っ込んだ芯は、腕で再び顔を隠してしまった。余程、精神的にダメージを受けているらしい。 「これ、気持ちい?」  ねっとりと絡みつくような声で尋ねる奏斗さん。トロッとふやけた顔に堕ちた芯は、素直に答える。 「ん、気持ちぃ」 「ホント?」 「うん。····なに?」 「もっと奥に欲しい?」 「んぇ?」 「もっとガツガツ突いてほしい?」 「····欲しくない」  どう見ても強がっている。奏斗さんは、呆れたように溜め息を吐き、子供を宥めるように話し始めた。 「芯さぁ、ハニーはどっちだと思う? M? S?」 「え····S?」 「それは芯にだけ」 「は?」 「例えばさぁ····、ハニーおいで」  おずおずと近づくと腰を抱き寄せられ、乳首を甘噛みされた。 「やっ、はぅっ、あっ、んんっ」 「な? ハニーが芯にする時、こんな顔しないでしょ。ハニーは俺にだけドMになんの」 「····何が言いたいんだよ。自慢してぇの?」 「はぁ····。ハニー、イジめてあげな」 「はい」  芯の熱くなった耳に噛みつく。くちゅくちゅと音を立てながら耳を犯し、乳首を指で摘まんでイカせる。  と言うか、ハニーだなんて呼ばれるのが恥ずかしくて、芯に集中しきれない。それに、恐ろしくてとても口にできないが、奏斗さんのハニーになったつもりはない。  それはさて置いて、奏斗さんからの司令をこなす。  ぷっくりと膨らんだ、愛らしい乳首を指先で連続して弾く。ピクピクと小さく跳ねて可愛い。  浅い所を甘く撫で続ける奏斗さんへの、苛立ちと焦れったさを感じているのだろう。腰をよじらせ、より強い刺激を求める芯。  甘イキを繰り返し歯がゆさがピークに達した頃、強く抓ってしっかりイカせる。 「んあ゙ぁ゙ぁっ! 先生(しぇんしぇ)ッ、乳首(ぢぐび)っ、取ぇる゙ぅ!!」  潮を噴き上げ、腰を痙攣させて激しい絶頂に震える、なんとも愛らしい芯。 「ふはっ、チョロ····分かった? 芯に対しては俺並にSっけ出るでしょ。つまりぃ、ハニーには2つの顔があんの」 「ん、は··ぁっ、··ふ、くそっ······で? だから何」 「頭悪いねぇ。芯は女の子に対してMっけ出てた?」 「ンなわけねぇだろ。鬼畜とかドSとか言われてたわ」 「そう、それ。誰にでも二面性ってあるんだよ。相手によって変わったり、環境によって変わったり、ね。俺は根っからのド鬼畜だから変わんないけど」    僕は昔、奏斗さんの自信に満ち溢れたところに憧れていた。僕には無い強さを感じていたのだろう。  けれど、ド鬼畜だと自分で言ってしまうのか。ここまでくると、狂気すら清々しく思える。    二面性、僕にとっては自分自身を見失いそうになる、恐怖の種でしかない。芯の二面性など可愛いものだ。僕の穢れたそれに比べれば。  芯はポカンとして、イマイチ理解できていないような表情(かお)を見せる。  自分の変化や本質への驚きで、まだ頭が上手く回っていないのだろう。いつになく幼く見える。 「自分の本質が思っていた自分と違ったら、受け入れ難いよね。けど、僕はね、僕の手で可愛く啼いてくれる芯が愛おしいと思う」 「俺がドMだから? 先生にとって都合いいってコト?」  自分のことなると、途端に頭の回転が鈍る芯。自分自身のことを、誰よりも自分が理解できないでいる。そういう所も可愛いが、無論心配でもある。  かく言う僕も、偉そうな事は言えないが。 「そうじゃないよ。たとえ芯にマゾっけが無くとも、僕は芯を堕とすつもりでいたから。そうじゃなくて、本質がどうであれ気にする事はないって、奏斗さんは言いたいんだと思う」  チラッと奏斗さんを覗き見ると、居心地が悪そうに髪を乱して『そうだよ』と言い捨てた。  なんとなく理解したような芯は、ボーッとしたまま『俺、先生が喜んでくれんならドMでもいいや』と呟いた。  そして、奏斗さんはあれやこれやの腹いせと言わんばかりに、芯の奥を力一杯突き上げたぷたぷと満たした。  芯には偉そうな事を言ったけれど、僕は、奏斗さんへ見せる僕の薄汚れた欲塗れの自分が嫌いだ。芯を愛でている時でも、心底快楽に溺れる事ができないのは、きっとそれが根底にあるのだろう。  僕は、捨てきれないで甘え続けている、この厭らしい僕と決別したい。そして、心の底から芯を可愛がって悦に浸ってみたい。そう、僕を辱めている時の奏斗さんのように。  奏斗さんが芯のナカから勢いよく抜け出し、精液が溢れ出る。その姿が自分と重なり、吐き気を催すほどの嫌悪感に苛まれた。 「僕は····穢らわしい」  ポツリと呟いた一言に、奏斗さんは眉をひそめ、芯が鼻頭を赤くした。 「ンっでそんなコト言うんだよ」  涙目で怒る芯。どうして僕が僕を貶めると、芯が辛そうにするのだろう。苦しいのは僕のはずなのに。僕だけで充分なのに。  そんな芯を瞳に映し、僕はその心に触れないよう目を逸らす。そして、僕は思いの丈を話した。奏斗さんに怯えながら、弱々しくか細い声で。 「そっか。結局、俺が居るとお前は辛いんだね」  寂しそうな顔を見せる奏斗さん。そんな表情(かお)は初めて見た。また、僕の知らない奏斗さんだ。  少し悩んでから、芯が僕を呼ぶ。まだ、身体が思うように動かないのだろう。僕は、いそいそと芯に這い寄る。  僕が顔を寄せると、芯は後ろ髪を掴んで引き寄せた。  唇の触れそうな距離で『先生の名前、呼んでいい?』と聞く。僕の知らない、甘く低い声で。  こんな声を出せたんだ。芯が、僕の知らない()へと変わってゆく気がした。それは、とても怖い事だった。 「だ、だめ。やっぱり、まだ怖い··から、ダメ。なんで今、そんな事····」 「先生があれこれビビりすぎてっから。なんかひとつくらい大丈夫なもん教えてやろうと思ってさ」 「な、名前はまだ····ダメだったらまた迷惑かけるし、もっとゆっくり──」  呼んでほしいと望んでいたのは僕なのに。それを愛の証だと思っていたのに。奏斗さんの前だと、余計に恐怖心が(まさ)ってしまう。  けれど芯は、僕を投げるように手放してこう言った。 「俺、近いうち先生の名前呼ぶよ。もし息できなくなっても、俺が何回だって助けるから。····どういう意味か分かんだろ」 「····っ! 芯、それは──」 「それよかまずさぁ、気持ち、いい加減先生が受け入れろよ」  それは、どういう意味だろう。芯が僕を好きだというのは疑っていない。僕の気持ちも芯へ向いている。  他に、何があると言うのだろうか····。

ともだちにシェアしよう!