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56.*****

 僕が気持ちを受け入れられていない、と言う芯。その言葉の意味が分からない。僕は、芯の全てを受け入れているつもりなのに。 「··っ、ねぇ芯、どういう意味? 僕は芯のこと──」  ガバッと起き上がり、問い詰めるように芯へ言葉をぶつける。が、それを奏斗さん遮った。 「ハニー、そうじゃないよ。あのねぇ··ハニーは自分の事がそっちのけなんだよ。自分の気持ちに疎すぎる。芯はそう言いたいんじゃない? それは俺も同意見」 「なんでアンタが言うんだよ。先生に自分で気づかせたかったのに」 「自分で··ねぇ。コイツには難しいよ、そういうの。俺が全部ぶっ壊してきたんだから。····ごめんな」  奏斗さんの口から飛び出したその一言に、心臓が強く脈打った。名前を呼ばれた時のような、息苦しさと目眩が身体をフラつかせる。  奏斗さんが、力無く倒れかけた僕を支えてくれた。力強い腕に、鼓動がほんの少しだけ跳ねる。 「大丈夫? ····なぁ、俺が名前呼んでみていい?」  どうして呼べると思ったのだろう。奏斗さんの思考が分からない。苦しむ僕を見たいのか、それとも、いっそ殺してしまいたいのか。 「いいわけねぇだろ。それは俺がやるつってんじゃん。奏斗は危ない事すんなっつぅの」 「なんで? 俺、優しくしてるしそろそろいけるかもじゃない?」  僕と芯は、心底ゲンナリした表情を見せてしまった。まさか、本気で言っているのだろうか。 「アンタ、マジで頭悪いんじゃねぇ? 優しくって、どこがだよ」 「えー? 気遣ったり、芯に構うのも邪魔しなかったり、最近意地悪してないでしょ?」  あぁ、この人は根本的に何かを知らないのだ。僕はそう確信した。きっと、芯も。そして、僕も。 「もうアホは置いとこ。なんつぅんだろうな····。先生はさ、自分の気持ち····えっと、奏斗への気持ちも込みで、俺のコト愛せる?」  奏斗さんへの気持ち、それが分からないから戸惑っているのだ。昔に抱いていたような、執着としか呼べない愛情はない。けれど、切り捨てられない情のようなものが在ることも否定できない。 「先生は俺の気持ち受け入れんの、できそ?」  僕は受け入れているつもりなのに、何が違うと言うのだろうか。どこがダメなのだろう。 「でき··て、ないの?」 「できてない。先生、自分の欲しい部分しか俺のコト受け入れれてねぇじゃん。もっと深いトコまでさ、俺のこと愛してよ」  芯が両手を広げて僕を呼ぶ。 「俺は、サイコで鬼畜ドSな先生に惚れたけどさ、先生がクッソ可愛いIQ2くらいのドMでも、どっちの先生も好きだって胸張って言ってやる。それが一生、奏斗にしか見せない顔だとしてもな」  寛容な芯に、僕はまた、泥に塗れた感情がグルグルと回って眩暈がする。 「先生··、俺さ、奏斗に溺れてる先生も含めて好き。そういう狂った先生が好き。そのくせ、俺のことぶっ壊そうとするイカれた先生も好き。先生の全部が好きだよ」  溢れ落ちてくる涙が止まらない。拭っても拭っても、どんどん溢れてくる。 「あ〜あ〜、ンな目ぇ擦ったら腫れんだろ」  僕をベッドに置き、なんとか身体を起こした芯は、捲ったシーツで涙を拭いてくれた。そして、負けじと奏斗さんが僕に想いをぶつける。  僕を奪うように引き寄せ、顎をクイッと持ち上げるとジッと見つめて残る涙を吸った。戸惑う僕に『芯にばっかカッコつけさせらんないなぁ』と言って、目尻に甘いキスを置き、耳元でやらしい声を響かせる。 「俺の気持ちに気づかずバックれて、俺の知らないところで勝手に本性顕して、めちゃくちゃ俺好みにイカれちゃってさぁ··。あの頃言ってやれなくて悪かった。愛してるよ、ハニー♡」 「ひゃぅっ··♡」 「はぁ〜っ!? 俺の告白で蕩けねぇくせにィ!?」  芯に泣かされ、奏斗さんには堕とされ、僕はこのまま邪の道をゆき続けるのだろうか。  子供のように己の勝利を主張する2人を見て、僕は泣きながら笑った。だらしのない顔を見て、2人は言い争うのをやめる。 「先生ってあんま笑わねぇよな」 「え、そう?」 「学校でなんか絶対笑わないじゃん。いやらしく笑うのは見たことあるけど、ンな普通に笑ってんのは滅多に見ねぇ」 「そういや昔から笑った顔って見ないなぁ····。なんで?」  何故かと問われても、僕自身分からない。僕は普通に笑っているつもりだったのだけれど、周囲にはそう見えていなかったという事だろうか。  いや、そもそもあまり声をあげて笑う事などなかったかもしれない。僕の心は、これまで何を感じていたのだろう。  途端に、これまでの人生が灰色に思えた。 「ぶはっ··、めっちゃ考えんじゃん。先生マジで考えすぎ」  芯がケラケラ笑う。そんなに考え込んでいただろうか。僕の悪い癖、それは薄々自覚している。 「ハニーはもっと直感で答えを出していいと思うよ」 「直感··で····」  パッと芯を見る。この子の周りには色が溢れている。けれど、それは揺らいでいて不安定で脆くて、僕はそれを守りたいと思った。  芯は涙ぐむ僕を見て、ふわっと笑う。その笑顔から、突風でも吹いたかのように僕は温かい圧を受けた。  そして、柔らかい衝撃に固まる僕へ、芯は優しく語りかける。 「俺マジでさ、奏斗に溺れてる先生も可愛くて好き。そんな俺を受け入れれる? その為に、奏斗を求めてる自分を認められる?」  芯はいつだって狡い。初めからずっと、僕の心を捕らえたあの頃から、ずっと狡い。  爛漫な純朴さが眩しくて、僕にはないそれを手に入れて守りたい、同時に壊したいと思ったんだ。 「認めて····いいのかな。そんな、の··芯を裏切ってるみたいで、僕は嫌だ」  僕は、震える身体を押さえ込んで言い放った。最後の抵抗だ。

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