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銀花姫 17
そんな猛の努力と心情を全く知らない雪は、今日も今日とて猛の部屋にいて。
一緒に夕ご飯を食べようと、雪は頑張って作ったイワシの梅煮を持って猛の部屋を訪問した。
少しは料理できなきゃと思って、最近の雪は母親に電話して色々レシピを教えてもらって、挑戦していた。
父親にはなかなか言いづらいけれども、母親は雪が猛を好きなことをずっと知っていて、ずっと応援してくれていたので、この度お付き合いすることになったことも報告していた。
自分のことのように喜んで、泣いて喜んでくれた母親に、雪は感謝しかなかった。
彼女をつくったりしない雪に、母親は何も言わなかった。
猛が好きだと知っているから、だから何も言わずに見守ってくれていたことを、報告した時に知って嬉しくて雪まで泣いてしまっていた。
そんな母親なので、花嫁修行というわけじゃないけれども、一般的な家事能力は身につけたほうがいいと、色々教えてくれるようになっていた。
今夜の夕飯もイワシが旬だと母親に教えてもらい、圧力鍋で煮るだけで簡単だからとお勧めされた料理だった。
猛は基本的に肉食だけれども、魚も普通に食べるので、雪はスーパーで美味しそうな丸々太ったイワシを買ってきて、母親に教えられた通りに煮て、持ってきた。
猛はそんな雪の気持ちをわかっているので、ご飯を炊いてお味噌汁作って、副菜でほうれん草のおひたしと、あさりのしぐれ煮を作って、雪と食卓を囲んだ。
最近はこうして雪がメインを作ってきて、猛が副菜とご飯お味噌汁を作って、一緒に夕飯を食べるようになっていた。
それまでは外食ばかりで済ませていたから、こうしてお互いにご飯を持ち寄って、一緒に食事をすることが、嬉しくもあったし気恥ずかしくもあった。
今日も今日とて、夕ご飯を食べて、雪はお腹いっぱいで猛の部屋のソファに寝っ転がって、同じソファに座った猛と他愛もない話しをしていた。
「あ、そうだ、今日はうち泊まらないで帰れ」
急に猛にそう言われて、雪はびっくりして、がばっと起き上がってソファの上に四つん這いになると、隣に座っている猛にぐいぐい迫って、
「なんで?!急に・・・何で?!」
と猛にのしかかる勢いで噛み付く。
猛は雪の勢いにびっくりしつつ、雪の細い折れそうな肩を掴んで、覆い被さっている嫋やかな体を引き剥がす。
「明日仕事早いんだよ。七時には家出なきゃいけないから、今日は帰ったほうがいい」
「なんだそんなこと・・・」
「雪のこと起こしたくないから、ダメだ」
明日はヴォーカルの翔(しょう)と雑誌の取材があって、日帰りできる距離だが遠出してロケが入っているから、出発時間が早い。
猛は自分が起きたら雪が絶対に起きることをわかっていたので、泊まらないで帰ることを提案していた。
自分のせいで雪が寝不足になることは嫌だったし、離れるのが淋しく感じそうだから見送られるのも嫌だった。
「別に平気だよ、起きてもすぐ寝るし」
「ダメだ」
「・・・家出ちゃうまでは一緒にいたい」
「っ・・・!だ・・・ダメだ」
雪が何を言っても、どう言っても、激しく眉根を寄せて苦い顔をした猛が首を縦に振ることはなかった。
こうなると頑固なことを雪も家族も、猛に近しい人間はみんなわかっているので、雪は諦めて猛の言葉に従って自分の部屋に帰ることにした。
そろそろ猛が寝なきゃいけない時間になったので、雪は渋々と空になったお鍋を持って、玄関で靴を履いた。
玄関まで見送りにきた猛が、思いっきりむくれた顔をしている雪の頭を、優しくぽんぽんと撫ぜた。
「また明日な」
「うん・・・」
大きな瞳を伏せて、両腕で抱えた鍋を凝視して、ぷくっと頬を膨らませている雪の頭を、猛はぐしゃぐしゃとかき回す。
「ちょっと・・・やめてよ!」
「今度埋め合わせするから、ごめんって」
雪の長い黒髪がわしゃわしゃになってしまい、やりすぎたと思った猛は、大きな手で髪を整えながらそう言っていた。
何気(なにげ)なくいったその言葉に雪は敏感に反応して、鍋を抱きしめる細い腕に力を込めた。
「本当に?いいの?!」
「え?あ・・・ああ・・・もちろん」
「・・・じゃあ・・・デートしたい・・・」
「は?!」
雪の意外な言葉に思わず猛はうわずった声をあげてしまっていた。
デートって・・・デートだよな?!
そういえば・・・付き合いだしてからそういうのしてないか・・・二人で遊びに行くことは何度も何十回もしてるけど、今までのはデートとは違うからな・・・。
雪がデートしたいんなら別にするけど・・・ただ付き合ってるってバレるのはちょっとな・・・。
そりゃ雪はオレのだって全世界に宣言したいけど、でもそれで雪に誹謗中傷がきても嫌だし・・・オレは何を言われても全然平気だけど・・・雪は・・・ダメだ・・・。
猛はそんなことを一瞬で考えてしまい、思わず黙り込んでいた。
その猛の沈黙を、雪はどう判断したらいいのかわからなくて、恐る恐る顔を上げて。
眉根を寄せて猛を見上げて、ずっと心の中に閉じ込めていた想いを口にしていた。
「映画みたり、遊園地行ったり・・・そういう・・・別に遊園地行きたいわけじゃないけど・・・ただ、ボクたち、そういう、『恋人』がする『普通のデート』したことない!」
「え?あ・・・ああ・・・」
「だから、『普通のデート』がしたい」
「うん・・・いや・・・」
いやデートするのは別にいいんだけど、世間に付き合ってるってバレないようにしなきゃだから、行く場所とか入る店とか、あまり人目につかない所を色々調べないとな・・・。
雪の願望を叶えるべく真剣に考えているが、それを口にしないで難しい顔で固まっている猛を見て、雪は泣きそうに顔を歪ませて、また顔を伏せる。
ダメなの?ボクとデートするのは嫌なの?
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