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銀花姫 18
本当は誘ってくれるのをずっと待ってた。
どこでもいいから、なんでもいいから『デートしよう』って言われたかった。
ちゃんと付き合ってるってことを、セックス以外でも実感したかった。
一緒に色々な所いきたいとか、ご飯食べに行くとか、綺麗な景色を見にいくとか、普通の恋人同士がすることを、一緒にしたいと。
思っただけ。
でも・・・猛は嫌なのかな・・・嫌そうな顔してるし、何も言ってくれない・・・。
ボクが望むことは、望んじゃいけないことなのかな・・・?
ボクと一緒にいるところを誰かに見られたり、ボクと何かを一緒にすることも、嫌なの・・・?
セックス以外は、嫌なの?
そんなことない!
好きって言ってくれた!
ずっとずっと好きだって言ってくれた!
好きって・・・信じたい・・・。
雪は猛に想いを伝えようと、必死で口を開いた。
可愛らしい声が、震える。
「一回でいいの・・・たった一回でいい・・・普通のデートが・・・ボクと猛は普通の関係じゃないかもしれないけど・・・」
「あ、ああ・・・」
二人とも『普通』がわからなくなっていた。
生まれた時から、ずっとずっと一緒にいるから、ずっとずっと好きだから、二人にとってそれが『普通』だった。
世間一般的な異性での交際とか、結婚とか、そういうのを意識する相手は、お互いにただ一人だった。
性別ではなく、ただ一人の人間として、生まれた時から一人の人しか見ていなかった。
成長するに従って関わる人は増えていったのに、仲良くなった人もいっぱいいるのに、それでも、死ぬまで一緒にいたい人は、たった一人だった。
やっとその想いが通じ合ったのに、それなのに、こんな些細(ささい)なことで綻(ほころ)びが出てくる。
ほんの少し、言葉が足りないだけで、すれ違ってしまう。
「それでも・・・猛と・・・一回でいいからデートしたいな・・・」
「ああ・・・」
「ボクは・・・・・・その『一回』も諦めなきゃダメなの・・・?」
「いや・・・違くて・・・」
ありったけの勇気を振りしぼって、雪が言う。
その答えは、猛の困ったような言葉と、表情だった。
戸惑った猛の声を聞いて、雪は強く目をつむって、大きく開いた。
次の瞬間には顔をあげて、口唇を横に引いて、少し目を細めて。
微笑んだ。
「ごめん、忘れて」
「え・・・?」
「お休みなさい」
自分の中ではきちんと笑えているつもりで、雪は猛にそう言い放った。
雪がそう思っているだけで、実際は今にも泣きそうに歪んで、可愛らしい顔がひどく歪んだだけだった。
猛は雪がそんな顔をしたことに驚いたし、雪にそんな表情をさせているのが自分だということに、衝撃を受けてしまって、思わず息を飲んでいた。
あまりにもぎこちなく微笑んだまま、雪は玄関のドアを開けて外に出ると、何かを言いたげな猛を置き去りにして、ドアを閉めた。
そのまま背中を向けて階段に向かって走って、雪は真下の自分の部屋まで、走って走って、駆け込んでいた。
お鍋を抱えたまま、ずるずると玄関のドアに背中を押しつけたまま、しゃがみこんだ。
あんなこと言うつもりなかったのに。
デートしたいとか、一緒に旅行したいとか、付き合ったらやりたいことはいっぱいあるけど、でも、あんなタイミングで言うことじゃなかった!
普通にお休みって言って、また明日ねって言って、それで良かったはずなのに。
猛はちゃんとわかってくれてて埋め合わせするって言ってくれてるのに・・・あれじゃあただの重いヤツじゃん!
なんであんな・・・ばか・・・本当にばか・・・。
絶対に泣かないと思っていたのに、自分のバカさ加減に呆れて、雪の瞳に勝手に涙が溢れてきた。
思えば付き合い始めてから、雪は猛にあれして欲しいとか、こうして欲しいとか、自分の欲求を押しつけてばかりいる。
今まではこんなことなかったのに・・・付き合いだしてから急に我儘になって独占欲が強くなった気がする・・・。
情けない。『こんな恋人は絶対に嫌だ』第一位だよ・・・自分で自分が嫌になる・・・。
こんなつもりじゃなかったのに・・・。
あまりの不甲斐(ふがい)なさに情けなさに、自分への嫌悪感に、雪の瞳からは涙が溢れて止まらなかった。
雪はお鍋に顔を埋めて、涙がぼたぼた落ちていくのを、ただただ。
眺めていた。
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