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銀花姫 20

雪に『一回でいいからデートしたい』と言われて、雪を泣かせてしまった翌日。 朝早くにマネージャーが迎えにきた車に乗り込んで、途中で翔を拾って、ロケ地である東京郊外の山へと向かっていた。 曲のイメージに合わせて、山や川の中で写真を撮りたいと翔が言い出したので、オレは特に異論もなかったので素直に従っていた。 車の中で翔は朝から元気に話している。 朝型の翔は毎日6時には起床しているらしく、ランニングしたりジムに行ったりして、体を心肺を鍛(きた)えているらしい。ヴォーカリストだからそう言った努力を欠かさないことは、素直に尊敬できる。 オレは完全に夜型だし、昨夜は早く寝ようと思っていたけど、雪のことがあったからなかなか寝れず。 結局夜中3時くらいにやっと寝れたので、実質3時間くらいしか寝ていなくて、めちゃめちゃ眠くて仕方なかった。 そんな対照的な二人を乗せて、車は高速道路に乗って、渋滞にはまることもなく順調に目的地へと進んでいく。 梅雨時なのに今日は曇天(どんてん)のままで雨は降っていなかった。 湿気でじめじめしてはいたが、天気予報では今日は雨は降らないようなことを言っていた。もっとも山のほうは雨が降っている可能性が高いが。 まともに撮影できるのか、オレは少しだけ心配になっていた。 車の後部座席に座って、窓の外を眺めながら、オレは重い溜息をついた。天気のことでもなく、撮影のことでもなく、溜息の原因は昨夜の自分の行動だ。 雪を哀しませたり、泣かせたりしたいわけじゃないのに、どうしてオレはこうなんだ。 雪のお願いに答えてあげられず、オレの前で必死で涙を堪(こら)えて無理に笑顔を浮かべていた雪に、何も言えずに追いかけることもできずに、そのままにしてしまった。 どうしよう・・・今までこんなことで悩んだりしてこなかったから、本気でどうしたらいいのかわからない。 適当に付き合っていた女に対しては、適当に相手に合わせていたから、あんな風に泣かせることもなかった。 いや、もしかしたら泣かせていたのかもしれない。でもオレはそんなことどうでも良くって、まともに取り合わなかったし、真剣に考えることも放棄していた。 だからフラれてるんだろうな・・・。 でも雪にフラれるわけにはいかない。 やっと、やっとの想いで雪を手に入れたんだから、手放したくないし離したくない。雪が離れてしまったら、ましてや誰かのものになったりなんかしたら、オレは発狂するぞ。 でも下手のこと言って、余計なことして、嫌われたくはない。 そんなことになったらオレは頭がおかしくなる。 これが緋音とか後輩とかだったら、こんな風に悩まないで、適当なこと言って適当に片付けるのだが。 雪が相手だからこそ、どうしたらいいのかわからず、何もできずにずっと考え続けて、悩み続けてしまう。 そんな訳で、朝から何回目かわからない溜息をついた瞬間、翔が無邪気に声をかけてきた。 「どうしたの?雪ちゃんとなんかあった?」 「え?いや・・・」 「まさかもう浮気したの?」 「してない!そういうことじゃない!」 最近金髪に染めた短い髪を揺らして、切長の優しい瞳を細めて翔が楽しそうに笑った。 翔と緋音は周りをよく見ていて、他人の感情とか考えていることを観察して察する能力に長(た)けているので、オレと雪が付き合いだしたことを、理解して陰ながら見守ってくれている。 対して全く気づいていない鈍感が、マネージャーとドラム担当のテツだった。 事務所のスタッフの人ですら、数人は気づいているのに、良い意味で大らかで悪い意味で大雑把(おおざっぱ)な性格の二人は、オレと雪のことに気づいていない。 それでもさすがに緋音と珀英くんのことは知っている。むしろ珀英くんが良い意味で大らかで悪い意味で大雑把な性格だから、隠しているつもりで全然隠せていないから、さすがにあの二人の関係は理解していた。 特に公言していないオレ達のことは、察してしまう人だけが理解していた。 そして察してしまう側の翔は、オレの様子を見て、雪と何かあったのだとわかってしまったらしい。 「やっと付き合えたのに、もう喧嘩したの?」 翔が楽しそうに微笑みながら、腕を組んで言う。 オレは苦虫を噛み潰したような顔で軽く睨んでから、顔を背けて窓の外を眺めながら、口を開いていた。 「そんなんじゃねーよ。喧嘩じゃなくて・・・・・・なあ」 「うん?」 「映画とかさ・・・」 「うん?」 翔は楽しそうに口唇を歪ませたまま、それでもオレの話しに耳を傾けてくれている。 人が好いっちゃあ好いんだけど、これは単純に楽しんでるだけだろうな・・・。 わかっているし、翔に相談するのもなんか変だなと思いつつ、やたらめったら色んな人に聞くわけにもいかない話しだから、オレは仕方なく翔に訊いていた。 「・・・・・・・・・・・・男二人で行ったら・・・・・・・・・おかしいか?」 「何で?別に普通でしょ?」 「そうなのか?!」 翔がオレの予想とは真逆のことをさらっと言ったので、思わずびっくりして振り返っていた。 翔はむしろ、こいつ何言ってんだ?って顔をして、眉根を寄せて怪訝(けげん)そうに言う。 「映画くらい、男同士でも女同士でも行くよ。オレだって雪ちゃんと二人で映画行くよ」 「えええ?!いつ?!」 「わりと行くよ。映画の好み似てるから、新作公開の時とかしょっちゅう」 「そうなのか・・・・・・」 知らなかった・・・・・・雪と翔が・・・・・・。 オレは恐る恐る、思わずきいていた。 「映画みて・・・からは・・・」 「適当に買い物したりして、ご飯食べて帰るよ」 「え・・・それデート・・・?」 「違う!違う!」 翔がオレの言葉に反射的に笑いだした。金の髪が窓から差し込む光を反射して、きらきら光っている。 「デートなんかなわけないじゃん!ただ『遊びに行った』だけだよ!」 「そう・・・なのか・・・?」 「誰もそんな風に思わないよ。猛が意識しすぎ。『一緒に映画見る=デート』なんて誰も思ってないよ」 「そうか・・・あ・・・そういうことか・・・」 翔の言葉にオレは妙に納得していた。 たしかに、オレも街で男同士や女同士が一緒に行動していても、恋人同士だとか思ったことなかった。 それでもオレが『雪と出かける』ことに対して、そう思い込んでいた理由が、わかった。 オレにとって雪は、最初から『恋』の対象だったし、『デートしたい』対象だった。 もっと言うと『性的』な対象だ。 オレが雪のことをそういう風に見ているから、全世界の人間が同じ目で雪を見ていると、思ってしまっているんだ。 オレ自身が雪以外を意識していないのと同じで、他人も同じように雪を気にしていなかったのか。外野からしたらおっさんが一緒に映画見てるくらいの、軽い感じなんだな。 なんで、オレはこんな簡単なことがわからなかったんだ・・・アホだろ・・・。 自分で自分のバカさ加減に呆れて、思わず大きな深い溜息をつく。そんなオレに翔は更に続ける。 「まったく・・・猛と雪ちゃんがデートしに行ったとして、それをファンの子が目撃したとしても何も問題ないよ」 「そう・・・なのか・・・?」 「幼馴染じゃん。みんな二人が生まれた時から一緒って知ってるんだから。仲良いなーくらいで終わるよ」 「そうなのか・・・」 「そんなことで悩んでたの?」 翔が心底呆れた声を出す。 さすがにオレが悩んでいたことがバカバカしすぎて、嫌になってきたらしい。

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