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銀花姫 21

ああ、いいさ。そうだよ。 雪が絡むと正常な判断ができなくなる、バカですよ。 しょうがないだろう。 オレにとっては、『生涯ただ一人の人』なんだから。 絶対に傷つけたくない、哀しませたくない、この手で幸せにしたい、たった一人なんだから。 その後も翔に揶揄(からか)われながら、オレは自分の気持ちを考えていた。 雪を幸せにしたいなら、どうすればいいのか? 雪を守りたいなら、どうしたらいいのか? オレができることは何なのか? ずっとずっと、ずっとずっと、考えた。考えに考えに考えて。 撮影中も、家に帰ってきてからも、雪とご飯食べながらも、数日間悩んで考え続けていた。 雪を幸せにする方法を、雪の隣で雪を守る手段を、雪が笑顔で過ごせるように、考え続けて。 考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて。 不意にわかった。 急にわかってしまった。 そう、そうなんだ。 『結婚』だ。 『結婚』すればいい。 男同士だけど、結婚すれば、雪はオレのものだって公言できるし、そうすれば誰かにちょっかいかけられることもない。 雪を独占できる。 雪をオレだけのものにできる。 そう思ったオレは、打ち合わせの場だというのに、後先考えずに勢いで雪にプロポーズしていた。 そう、何も考えていなかった。 雪を独占したいとか、ずっと一緒にいたいとか、誰よりも幸せにしたい、誰にも取られたくない・・・そういう自分の感情しか考えていなくて、雪のことを考えていなかった。 本当は大事なプロポーズなんだから、こんな所じゃなくて、デートして夜景を見ながらとか、指輪もちゃんと用意してとか、そういうのをしなきゃって思っていたのに、それなのに。 全部抜けてしまっていた。 だから勢いで雪にプロポーズしてしまって、オレは、だいぶ焦っていた。 こんな、事務所なんかで、みんなが見ている前で、こんな適当にプロポーズしたって、絶対無理だって。 絶対に絶対に、断られる!! やらかした!! 絶対無理だ!! そう思っていたのに。 雪はきょとんとした表情をして、オレが言ったことを理解したのか、みるみる内に顔を真っ赤にして、漆黒の潤んだ瞳を伏せて、また上げた。 黒曜石のような瞳が、真っ直ぐに、真剣にオレを見つめる。 真っ赤な口唇が、震えている。 「・・・はい」 絞り出したようなそのたった一言に、オレはびっくりしていた。 人生で一番びっくりしていた。 「え・・・?オレで・・・いいのか?」 思わず呟くと、雪は花が開くように、春がきたような暖かい笑顔を浮かべた。 瞳の縁にうっすら涙がにじんでいた。 「猛以外は、いや。ずっと・・・・・・子供の頃から・・・猛のお嫁さんになりたいって・・・思ってた・・・」 「あ・・・オレも・・・ガキの頃から雪をお嫁さんにするって、決めてた」 「うん・・・うん・・・」 オレは安堵(あんど)して、緊張していた全身から力を抜いた。 その時に、断られたらどうしようと、自分がひどく怯(おび)えていたことがわかった。肩にも背中にも、手も足も強張(こわば)って異様に力を入れていたことに気づいた。 雪が溢れそうになった涙を、そっと・・・指の背で拭(ぬぐ)う。 泣きそうになっている雪を抱き寄せようと、思わず腕を伸ばしかけた時に、翔の悲鳴が聞こえてきた。 「ちょっと、ひーちゃん!」 「いや・・・ごめん!って、え?」 やたらと騒がしいのでそっちに目をやると、緋音がせっかく淹れ直してくれた、テーブルに置かれたコーヒーを倒したみたいで、机も書類も茶色く染まっているし、床にまで落ちているのでグレーのカーペットにシミが広がっていた。 「お前なにやってんの?」 邪魔されたことにイライラしながら、惨状を眺めながらオレが言うと、緋音が大きい目を更に大きく見開いて、めちゃくちゃ怒って怒鳴った。 「お前のせいだろう!結婚って・・・今仕事中だし!」 「ちょっと!ひーちゃん邪魔!」 カーペットのコーヒーを拭こうと、スタッフが床にしゃがみ込んだので、そこに立ったままの緋音が邪魔だったんだろう、翔が緋音の胸を押して後ろにさがらせる。 「あ、ごめん・・・」 「もう!片付けるから、あっち行ってて!」 「はい・・・」 翔に怒られた緋音が大人しく壁際にまで下がって、立ったまま片付けてくれるのを待っていた。 オレはその様子を見ながら、ほぼ冷めてしまったコーヒーを口に運ぶ。 雪も顔を赤く染めたまま、心配そうに見守っている。 緋音がものすごく不機嫌そうにオレを睨んできたけど、オレは全部無視してコーヒーを飲み干した。 ああ・・・良かった・・人生最大の最難関の幸せな夢が・・・やっと叶う・・・。

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