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第3話 宵の口

結局セックスはせずに抱きしめてもらって、ただ眠った。 勝手に帰りそうだから捕まえとかないと、そう言って笑われる。 出し惜しまれない好意に死ぬほど罪悪感。 失恋したって分かった瞬間、遠慮が無くなってきたな。 俺だって、希響さんの立場ならこんな絶好の機会逃すわけがない。 いや、まだほんとに俺のこと好きって確定したわけじゃないけど。 うわ、自意識過剰のヒステリックゲイとかマジ需要無いし。 ごめんなさい。 優しくされればされるほど、罪悪感に苛まれる。 卑屈さが際立って消えてしまいたくなる。 一番自分がかわいいから。 散々甘えておいて、平気で突き放すような奴だよ。 俺じゃなくて、もっと希響さんのことちゃんと大事にできる人と幸せになってほしい。 気持ちを受け取ってもらえない辛さを知ってるくせに、同じことをしてしまう。 最低なやつだから、俺。 ぼんやりと眺めていたカーテンの奥が白けてくる。 世界で一番自分が不幸みたいな気分だ。 そんなわけないし、アホらしいけど。 希響さんの腕の中からそっと抜け出す。 少し肌寒い、静かな街。 希響さんの連絡先を消した。 目が覚めたら彼は俺のことすっかり忘れてました、なんてミラクル起こんないかな。 身をすくめて歩く。 1人になった瞬間、またじわじわと傷が疼きだした。 今まで平気なふりして過ごしてきたけど、やっぱり限界があったんだ。 壁打ちのように繰り返した想いは、もうぶつける壁すら失った。 打った球は何もない空間に放り出されて、俺が拾いに行くまで寂しい地面に転がっている。 でももう、拾う元気もない。 何もない。 だってもう渡貫には彼女ができたんだから。 隙も可能性も何もなかったけど、想ってるくらい許されるだろって今までは思えたのに。 ずっと報われないし、虚しかった。 なのに、無くなってみるとこんなにも寂しい。 伝える勇気もないくせに、思ったより自分の気持ちを大事にしていたもんだから。 それに、身近に成功例がいると『俺もワンチャンいけるのでは?』なんて期待も捨てきれないわけで。 高校時代の連れ二人はノンケ同士で付き合っている。 クラス委員で友だちが多くてみんなが大好きな優しい萌志。 一方で入学式から一言も話さず、近寄ったら殺されるんかってくらい刺々しかった鳥羽。 いやいや、絶対あり得ないし……って思ってたんだけどな。 クラス委員長とヤンキーて。 タイミング?性格の相性かな。 でも鳥羽には鳥羽の事情があって、萌志がそれに気が付いて。 端から見ても運命的だったと思う。 もし片方が別の人間だったら、あんな感じにはなってなかったんじゃないか。 眩しくて、純粋に羨ましくて。 でもふと自分を見たら、俺には何もないなぁって。 パサついた喉を潤そうと自販機に近づく。 何を飲もうかなと、小銭片手に悩んでいると。 「はぁ?!さいってー!」 半ギレの声と共にポリバケツかなんかがひっくり返る音が路地裏から聞こえた。 思わず飛び上がる。 おいおい。 せっかくおセンチな気分に浸っていたのに。 ちらりと興味本位で自販機の横につながる薄暗い路地を覗く。 暗くて顔は見えないけど、仁王立ちの女。 そして、ひっくり返ったごみに倒れこんでいる男。 うっわ、盛大にやってますがな。 これは男が浮気やらやらかしたのかな? 飲み物を買うことも忘れて、こっそり見守ることにした。 他人がフラれてるとこ見て、勝手に仲間意識持つくらい許してくれ。 「やることやっといてあたしのこと好きじゃないってどういうこと⁉ あたしたち、付き合ってんだよね⁉」 浮気とはちょっと違ったみたいだ。 何それ、どういうこと? 男がヤリ目だったってこと? やだ、最低じゃない。 まぁ、セフレ作ってヤリまくっていた俺が、言えることじゃないけど。 髪を振り乱して怒る女に男が倒れこんだまま口を開いた。 「どういうことって……そのままの意味だけど。」 めんどくさそうな男の声が聞こえた。 既に寒いのに、凄く空気が凍った気がするなぁ。 それにしてもなんか、聞いたことある声だ。 あれ?だれだっけ? まぁいいや。 ふと引っかかったけど、またすぐに聞き耳を立てる。 「好きじゃないのに付き合ってたわけ?!」 「まぁ、付き合ってほしいって言われたから。」 「そうだけど!でも、うんって言ってくれたじゃん!」 「うんとは言ったけど、それは承諾の『うん』であって。」 「はぁ⁉」 はぁ? なんじゃそれ。 今すぐ彼女側に加勢したい。 失恋の鬱憤を込めて俺も怒鳴りたい。 「付き合ってほしいって言ったから、付き合った。別に嫌いじゃなかったし。 んで、デートとかセックスとか、したいって言われたからした。 まぁ、それで喜ぶなら正解なのかな~って。 これが付き合うってことなんでしょ?」 何だ、何言ってんだこいつ。 呆れて物も言えない。 それは女の子も同じようだ。 「やっぱ、あんたおかしいわ。 少しでも好きって思ったあたしがばかだった!」 「……そ。」 どこか他人事のような男の呟きが聞こえた。 そんな態度に彼女は完全にブチ切れて、持っていたハンドバックでそいつの頭を一発殴る。 結構痛そうな音が聞こえて、思わず首をすくめる。 「いってぇ……。物は駄目でしょ。」 「あんたみたいなクソ野郎、最終的には孤独死すんだよ! さっさと死ね!!」 ほぼ悲鳴のような怒号の後、ヒールの音が徐々に遠ざかっていく。 俺は呆気にとられていた。 うーん。 とんでもないものを見てしまったな。 孤独死、ね。 今の俺にはすごくずっしり来た。 俺が言われたわけじゃないのにひどく落ち込む。 痛む胸をさすっていると 「……はーやれやれ……よっこらせ。」 小さな声と共に男が立ち上がるのが見えた。 そして散らばったゴミを集め始め、ポリバケツに放り込んでいく。 うわー、よく触れるな。 まぁ、自業自得っちゃそうなんだけど。 全部戻し終わったのか、手を払って男が急に此方を向く。 あ、やべ。 「……あれっ?」 こてんと首が傾げられ、男が声を出す。 どうやら気づかれてしまったようだ。 男が此方に歩いてくる。 さっと自販機に身を寄せた。 今、まさにここに来たようにすればいいんだ。 一瞬逃げようかと思ったけど、そんな暇もなかった。 路地から男がひょっこり頭を出す。 (げっ!) そこでその男が知っている奴だと気づく。 やっぱり、何となく声に聞き覚えがあったし。 「あーれェ、おとちゃんじゃん。」 俺と目が合ったそいつは、丸眼鏡の奥で目元を緩ませた。 仕方なくぎこちない笑顔を浮かべる。 「……おはようございます……メグ先輩。」

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