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第4話 

白鷹 愛汲(しらたか めぐむ)。 通称、メグ。 同じ大学の先輩。 学年も学部は違うけど、所属している軽音部でよく顔を合わせる。 低音のハスキーボイスを売りにして、小さなライブハウスで活動したりしているらしい。 たまにローカルイベントに出場とかもして。 だから学園祭のライブは大学内のみならず一般のファンも押し寄せる、などといったもの。 まさか中身がこんなだとは思わなかったけど、外見の良さと才能の併せ持つ技なのか。 ミルクティー色に染められた髪の毛。 メタルフレームの丸眼鏡。 その奥の瞳は、色素が薄い。 背が高くて、一見細いけどガタイはいい。 よく女の子を連れているところを見るけど、こんなクズだったとは。 ま、どちらにせよ俺の好みではない。 てか、俺の好みは関係ない。 「いつから見てたの?」 自販機でブラックコーヒーを買いながらメグ先輩が聞いてくる。 「いや、俺今来たばっかりなんで…。」 ゴトリと落ちてきた缶を取り出しながら、彼は俺を見て笑った。 「はい、嘘。」 「え?」 「割と最初から見てたんじゃないの? バレバレなんだけど。」 何でバレた。 こうやって嘘をついたり誤魔化したりするのは得意なはずなのに。 マスクをしているからなおさら。 俺が目をしばたかせて、「何言ってんですか」と呟くと、 「分かりやすくてかわいいねぇ、おとちゃん。」 (うざ。) そうそう、こういう男だ。 カマをかけて人の真意を測ったりするのは日常茶飯事。 透き通るような瞳に見つめられれば、誤魔化すなんて不可能だ。 こうやって女の子たちを弄んできたのなら、質が悪い。 というより、そもそも俺はこの人が苦手だ。 この、本気出してませんよってスカしてる感じがシンプルにウザい。 「はぁ?最低!からのバッチーン。 先輩がゴミ溜めにダイブしているとこから見てました。」 ため息交じりに刺々しく答えれば、満足げな笑みを向けられた。 何笑ってんだよ。ホント嫌い。 「ねえねえ、おとちゃん。俺のこと嫌いでしょ。」 「えぇ、まあ。」 「あれ、そこは誤魔化さないんだ。 普通ちょっと躊躇するだろ。」 俺に向かって先輩は飲み物を放ってくる。 慌ててキャッチすると、それは 「なんで、エナジードリンク。」 俺が訝しげにそれを手の中で転がしていると、先輩は首をかしげる。 「だって目が赤いから。疲れているのかと思って。」 とんとんと目元を長い指でつつかれる。 その手を押しのけながら、ちょっと高いところにあるその顔を見る。 蜂蜜色の瞳と視線が絡んだ。 こっちが隠したいことまで見透かしてくるようなこの目が苦手だ。 いや、確かに疲れてはいるけど。 まさか俺が男に長年片想いしていて、昨日失恋したとは思わないだろう。 「……先輩、心理学部ですもんね。」 「?うん?関係ないよ。分かりやすいもん。」 というか。 こいつさっきゴミにダイブしたんだよな。 そしてそれを元の場所に戻していた。 そんな汚い手で俺の目元を触るんじゃねえ。 「先輩。」 ブラックコーヒーを飲んでいた先輩は片眉を動かして返事をする。 「ちょい生ごみ臭い……。」 「あちゃー。」 コーヒー飲み下して、へらりと先輩は笑う。 朝日が、眩しそうに細められた猫目に反射する。 一瞬だけど、綺麗だと思ってしまった。 * 「お邪魔しまーす。」 臭い先輩を電車に乗せたせいで始発に乗ってお仕事に行かれる皆さんに迷惑をかけてはいけない。 そんな使命感で風呂を貸すことにした。 じろじろと無遠慮に部屋を見回す彼にタオルを投げる。 「早く入って、早く帰ってください。適当に服貸すんで。」 「おー、優しい。でもサイズ、俺に合うかな。」 手を水平に向けて頭の位置を比べてくる。 いちいちムカつくやつだな。 ……いや、落ち着け。 相手にするほど時間の無駄だ。 振り払うように首をふって、先輩の言葉を無視する。 そんな俺をまたニコニコして見ている。 「……なんですか。」 「おとちゃんは顔に全部出るよねって思っただけ。 てか、気になってたんだけど何でいっつもマスクしてんの?」 「俺のこと茶化して楽しいですか?」 じろりと睨むと、降参という風に両手を上げて先輩は浴室へと消えていった。 質問に応えなくたって気にならないくらい興味ないなら最初から聞いてくんなよ。 残された忍び笑いがさらに苛立ちを増させる。 あーあ。 結局昨日は日付変わってから寝たし、起きるのも早かったしで眠たい。 希響さん、もう起きたかな。 ヤッてないけど、泣き疲れて体が怠い。 ぼんやりとスマホを眺めているとお腹が鳴る。 あくびを噛み殺しながら、キッチンの戸棚を開けた。 (お、あったあった。) カップラーメンのストックを一つ取り出す。 自炊なんて週に3回出来たらいい方だ。 「……。」 もう一つある、シーフードに目を向ける。 ……いやいや、風呂貸してやって更に飯までって俺優しすぎ。 同じように失恋してるからって同情してんの? というか、あの人の場合は失恋じゃないよな。 『これが付き合うってことなんでしょ?』 なんだ、あれ。 今考えると発言の節々に違和感を覚える。 彼の言葉をもう一度思い出そうとしていた。 その時、バイブ音がスマホから聞こえ、ぱっと画面を確認する。 (非通知着信……。) ……希響さんかな。 着信拒否もしたから、ホテルのロビーかどこかでかけているんだろう 無視をしていると、画面が暗転する。 寂しく不在着信を知らせるLEDだけが点滅した。 でも、暫くするとまたバイブ音が響き始める。 「電話、出ないの?」 急に後ろから聞こえた先輩の声に、びくりと体を強張らせる。 いつ出てきたんだ。 振り返る俺の顔は物凄く引き攣っていると思う。 そしてそれを察されるのも分かっている。 微妙な空気に割り込むように3度目の着信が来る。 「……無視されちゃって、かわいそーに。」 口元に笑みを浮かべて、俺の横を通り過ぎる。 ……何を考えているのかさっぱり分からん。 こっちのことを何もかも見透かしてそうで、それでもって自分のことは全然相手に悟らせない感じがムカつく。 先輩はわしわしとタオルで髪を拭きながら、自身のスマホに手を伸ばす。 水に濡れて少し色の濃くなったその髪の毛をぼんやりと見つめる。 「なに?」 画面から視線を上げずに問われる。 自分の家なのに居心地が悪い。 やっぱりくさいまま帰してやればよかった。 慌てて逸らした視線に手に持ったカップ麺が映る。 「……あの、良ければコレ、食いますか。」 沈黙を破るために持っていたカップラーメンをおずおずと差し出す。 結局俺は、この苦手な先輩に大事な備蓄を分け与えてしまった。 * 「ご馳走さまでした。」 先輩は手を合わせる。 彼が食べ終わるころには、もう俺はベッドの中でぼんやりとしていた。 陽も完全に出て、本来ならそろそろ着替えようかなと考えているころなんだけど。 今日は学校に行かないことにした。 だって失恋したんだもん。 行きたくないし、行っても結局寝てしまいそうだ。 大きく欠伸をしながらスマホを開く。 画面に出た、不在着信を知らせる表示。 それをスライドして消す。 『今日サボる。』 眠たすぎて文字もまともに見えない。 大学で仲良くなった、黛 天道(まゆずみ てんどう)に連絡を入れる。 名前は厳ついくせに、見た目は正反対。 穏やかな性格は、少し頼りないけど居心地がいい。 ある点を除けば普通の大学生だ。 ピロンという音と共に早々に返信が届く。 『ノートのお礼はアイスで大丈夫。』 ええー俺も食べたい…。 渋々、承諾のスタンプを送って電源を落とした。 布団の中で居心地を整えて、メグ先輩に視線を向ける。 「俺、寝るし、今日学校に行かないんで。 鍵はメーターボックスに入れといてください。」 ぼんやりと宙を見つめていた(やばい)メグ先輩は、ふと俺を見る。 「ね、何であそこにいたの?」 突然の質問。 ぎくりと体に緊張が走る。 せっかく微睡んでいたのにちょっと目が冷めちゃったじゃないか。 ゲイであることを隠すつもりはないけど、敢えて言おうとも思っていない。 なんで、と言われると困ってしまう。 ラブホ街にいる理由なんて……。 仕方ない。 当たり障りのないことを言っておこう。 「野暮なこと聞かないでくださいよ。 先輩と同じですって。」 「あ、そう。」 「……聞いといてなんなんだよ。もう俺寝るんで、話しかけないで。」 「当たりキツイなぁ。俺一応先輩なんだけどなぁ。」 そう言いつつも、もう興味なさそうにスマホを見ている。 彼女にもその態度だったわけ。 そりゃフラれるわ。 ……って、なんで関心抱いちゃってんの。 どうでもいいじゃん、こいつのことなんか。 毛ほども興味ないっつーの。 と思いつつも、口は勝手に動いてしまう。 「先輩は?あれでいいの。」 「お前は話しかけてくるんかい。……いいの、とは?見てたでしょ、もうあれは終わったの。」 「彼女のこと、好きじゃなかったんですか?」 「ん~……普通。」 「それなのに、付き合ってたんですか?」 「質問が多いなぁ、さては俺に興味津々だな?」 「おやすみなさーい。」 くるりと背中を向けると、噛み殺すような笑い声が聞こえる。 なんというか、少しずつズレている。 もう一度先輩の方に身体を向けた。 「……あんな言い方したら、背中から刺されちゃいますよ。」 「寝ろよ、さっさと。」 「好きじゃなかったなら、何で付き合ったんですか。」 先輩はスマホから視線を外す。 蜜色の瞳が俺を捉える。 俺の部屋なのに映画のセットみたいだな。 視界がスクリーンみたい……とか思ってないし。 「彼女と同じこというんだね、おとちゃん。」 「……だって、分かんない。」 「俺なりに、付き合ってたつもりなんだけどな。 感情ってさ、必ずしもベクトルが交わるわけじゃないっしょ。」 両手の人差し指をゆっくりくっつけると思ったら、そのままクロスさせる。 分かった?と小首を傾げられた。 全然分かんねぇ、何言ってんだこの人。

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