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第7話 

「……ん。」 ビニール袋に入った彼の昼ごはんと財布をつきだす。 柱に寄り掛かっていた彼は、パッと顔を綻ばせて俺の手からそれを受け取った。 眩いその顔にウッと仰け反る。 この笑顔に何人ひっかけてきたのだろう。 俺は騙されないぞ。 女の子たちの恨みを買ってること知ってるんだからな。 「ありがとね、おとちゃん。」 「別に。じゃ。」 ろくに目も合わせないまま、くるりと踵を返した。 でもなぜか何かに引っかかったような抵抗を覚える。 嫌々振り返ると、何故か満面の笑みの先輩が上着の端を掴んでいた。 まだ何か用があるのかよ。 勘弁してくれ。 俺が動きを止めたのを確認して、彼は持っている袋をごそごそと探り始める。 そして 「はい、これはあげる。」 「え。」 握らされたのはさっき追加されたオレンジジュース。 それと彼の顔を見比べる。 「?ジュース、あげる。」 「え?いや……なんで?」 「なんで、とは?」 眉根を寄せれば、キョトンと首を傾げられる。 「あぁ、嫌いだった?」 「いや、普通ですけど。」 「そこは好きって言ってよ。」 最後の一言に、横を通った女子がすんごい顔をして俺たちを見る。 やめろ。 違う、そういう意味じゃない。 そういうことじゃない。 そこだけ聞き取るな。 「やっぱり、嫌い。」 「なんだよ、普通って言ったじゃん。」 「オレンジジュースの事じゃないです。」 一瞬ポカンとした先輩は、だんだんニヤついた顔になる。 くっそ。ムカつく。 一瞬突き返そうとしたパックジュースを持ち直す。 これ以上会話をしたってカオスになるのが目に見えている。 吐きたくてたまらない溜息を飲み込んで、かわりに渋々お礼を言った。 「ありがとうございまーす。」 「嫌そうな顔。」 「おかげさまで。」 「早く戻れば?アイス溶けるんじゃない?」 耐えろ~耐えてくれ~。 「お…っ」 「お?」 お前が呼び止めたんですけど!! 口から飛び出しかけた暴言を、慌ててお腹に力を入れて止める。 その代わり盛大な舌打ちをして、今度こそ彼に背を向けた。 背中にぶつかる心底楽しそうな忍び笑い。 顔が赤くなるのを感じたけど、反応するのも嫌。 ホントいや。 嫌い。 大嫌いだ。 * 白鷹愛汲。 心理学部経済心理学専攻の大学3年生。 水瓶座のA型。 マイブームはふてぶてしい後輩をいじること。 いつも黒マスクをつけていて、そんなに話したことはなかったけど印象には残っていた。 そんな彼には元カノに盛大にフラれるところを見られてしまったわけだけど。 このフラれ方はもう何回目か。 そろそろ恋愛に向いていないということが分かってきた。 というか、この歳になっても未だ恋愛感情がどういうものなのか分からない。 脳のメカニズムってことは分かるんだけど、実体験としては未知の世界。 趣味が合う・合わない、会話の波長が合う・合わない、笑いのツボ、価値観、身体の相性エトセトラ。 それって友だち間でも成り立つことだと思うんだけど、それが特定の人だけ特別になるって何? 頭で考える物じゃない、って周りには言われるけど頭で考えないと分かんない。 最初は大丈夫でも、時間が経つにつれて感情の差が浮き彫りになって最終的にフラれる。 でもそれに対して悲しむわけでもなく。 どっかの誰かさんみたいに目を真っ赤にして早朝のホテル街を歩くこともなく。 その状態に至る背景とかそういうものが想像できたとしても、結局感情というものはやっぱり実体験でしか理解ができないというのは難儀だなと思う。 俺の中で『彼女』も『友達』も大差なく、正直『友達』の中の誰かが『彼女』と置き換わったって何とも思わない。 なかなか通じないけど、それなりに楽しいと思える相手なら『彼女』が『その人』である必要がない。 特別感がないというか。 関係性の名前が違うだけで、彼女彼らに対する俺の気持ちは大差がない。 『こうしたい』というよりも相手にとって『これをしたら正解だろう』という感覚で動いてしまう。 彼女にねだられたキスに応えるのも、友だちが行きたがっていたライブに誘うのも、同じ感覚でできてしまう。 倫理的に彼女がいる時に友だちとヤることはないけど。 結局、感情が共有できないことに疲れて悟られて、怒らせて、盛大にフラれるっていう。 もはやダサすぎて笑える。 一生恋愛ドラマや恋愛ソングに共感できず、誰とも長い時間を共有できないまま、元カノが言うように独りで死ぬのがオチなのかもしれない。

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