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第8話 夜の静寂
今日は午後からは何もない。
バイトまでの時間は中途半端に長くて、それに天道も今日は来ていない。
珍しい。
それに鯱さんもいないから平和だ。
がしかし、『天道がいない=ぼっち』である。
別に一人でいるのは嫌ではないけど、単純に高校時代とのギャップに寂しくなる。
離れてもメッセージは途絶えずやり取りしている。
渡貫以外とは。
彼女できました宣言のメッセージを読んで以来、開いていない。
あの後も何件か来ていたけれど、どうせ『お前も早く彼女つくれよ!』なんていうオーバーキルメッセージに決まっている。
それに下手に返信して、惚気なんか聞かされた日にはもう駄目だ。
そういう話は完全に吹っ切れているか、他に好きな人ができてからにしてほしい。
なんかもう好きな人とかできない気がしなくもない。
なんでこんなに渡貫が好きなのかもよく分からない。
でも顔を見るだけで嬉しくなったし、じゃれつかれたらドキドキしたし、もう死んでもいいってくらい幸せだった。
初めて会ったのは中学生の時。
学校は違って、たまたま俺の学校の文化祭に渡貫が来た。
その時にはすでに俺は音楽が好きで、文化祭では体育館のステージを使って友だちとライブなんかをしていた。
それを渡貫が見ていて、演奏が終わった後、話しかけてきたんだ。
さっきステージでやってた曲何って。
最初に曲紹介したっつの。
そこは聞いてなかったのかよ。
見知らぬ制服。
手に握られたパンフレット。
ライブハウス風に薄暗くされた体育館の中で、どんぐりみたいな目がキラキラしていた。
突然始まったマシンガントークに引いている俺なんかそっちのけで、がばがばの語彙力で必死に俺たちの演奏を褒めてくれた。
知らない人に手放しで褒められた嬉しさやむず痒さを教えてくれたのは渡貫だ。
たったそれだけ。
萌志と鳥羽みたいな運命的な出会いとかない。
この頃には自分が男を好きになるのは自覚していた。
でも男だったら誰でも好きになるわけじゃないから、友だちも普通にいた。
だから渡貫もそんな友だちの一人になるものだと、勝手に思っていた.
多分、あの時相手をせずにさっさと立ち去ればよかったんだ。
そしたらこんな風に、長い間好きでも伝えられずに苦しんで最終的に失うなんてことはなかったのに。
思考がネガティブループに入りそうだから一回家に帰ろう。
いたるところが教室移動の生徒で騒がしい。
イヤホンをして人の間を縫うように出口へ向かう。
ぼんやりとただ足を動かすだけで大して耳には音楽は届いていない。
校門を通り過ぎて駐輪場へ向かっていると、突如後方へ勢いよく引っ張られた。
「っ?!」
バランスを崩しかけて、そのままボスンと何かにぶつかる。
それが人であることを認識するまでしばらく時間がかかった。
心臓がバクバクと音を立てている。
イヤホンを外して顔をあげた。
肩で息をしているその人。
掌に嫌な汗をかいた。
「音彦くん。」
「……なんで、ここにいんの。希響さん。」
あんな関係の切り方して、ムカついた?
何か一言言ってやらないと気が済まなかった?
トンと胸を押して離れる。
気まずそうに目を逸らすと思いきや、俺の方に距離を詰めてきた。
それどころかグッと腕を掴まれる。
反射的に腕を抜こうとするけどうまくいかない。
「……離して。」
「嫌だ。」
「離せよ。話、するから。
……人に見られてんだよ。」
横を通り過ぎる人たちから好奇の視線が突き刺さる。
面倒なことにならなきゃいいけど。
ズクリと胃に嫌な緊張が走った。
俺の言いたいことが伝わったのか、希響さんは腕を離す。
少しだけ痛む手首をさすりながら、周りを窺う。
ちらちらと何度も振り返りながら遠ざかる団体の中に、何となく見たことがある奴らもいて、絶望感が襲ってきた。
自業自得か。
連絡を取れないようにしたのも俺だし、自分勝手に関係を切ったのも俺だ。
ゲイバレしても、それで揶揄されたとしても、全部俺が悪い。
でも今更それは怖くなんかない。
面倒なだけだ。
「ちゃんと話せる場所、行こう。希響さん。」
人通りの少ない旧館の裏に、希響さんを連れてきた。
ヘタにカフェに行って同じ大学の奴と鉢合わせるよりこっちのほうがマシだ。
さっさと話して、帰ろう。
話をしようって言ったって、もうセフレに戻る気はないのだけど。
まさか大学まで来るとは思わなかった。
「……約束したじゃん。お互いのプライベートには、」
「干渉しない。でもそれはセフレの時の約束でしょ。
音彦くんと俺はもうそういう関係じゃ……いやでも、ごめん。いきなり来て。」
「……連絡、無視したのは俺だし。」
今更気まずい空気が2人の間に流れる。
いやだな、こういうの。
散々いろんなセフレをとっかえひっかえしてきた俺だけど、誰かに好意を向けられる経験は無に等しい。
でも途中から気がついてたじゃん、希響さんが俺を見る目が何となく熱っぽいの。
俯いて彼のスニーカーの紐をただひたすら視線でなぞった。
「話って何。」
突き放すような言い方に嫌になる。
でも相手はあんまり怯む様子もない。
ちらりと見上げるとガッツリ目が合って慌ててまた下を向いた。
「……あのまま、関係が終わるのに納得がいかなくて。
あ、でも、またセフレに戻りたいとかそういう話をしに来たんじゃないよ。」
「うん。」
「何で何も言わずに勝手に俺のこと切るの?失恋したから?」
違うよ。
だって、あんた俺の事セフレっていう目でみてなかったじゃん。
俺はまだ渡貫が好きで、それで俺のこと好きなんだろうなって相手をあのまま慰めに使いつづけるほど嫌なやつになりたくなかった。
「なんか……何もかもがどうでもよくなって。
俺、あんたにそんなに優しくしてもらう理由がないし。
失恋したから、何かに執着する意味もなくなって……むしろセフレとか虚しくて。」
曖昧な言葉を羅列するだけになってしまう。
こんなので納得してもらえるはずはないけど、でも、納得してもらわないと困る。
「わかった。」
「!」
「少しでも俺に申し訳ないって思っているならさ」
最後にもう一回ヤらせろ、とかそういう類の話か?
いやでもそんなこと言うような人じゃ…
不安げに眉根を寄せていると、彼は慌ててバタバタと両手を振る。
「あ、違うよ?!別に何かさせようなんて思ってなくて!
ただ、もうそういう関係はきっぱり切って、改めてただ飯を食いに行ったり遊びに行ったりするっていう……。」
「……友だち的な。」
「そう、友だち的な。
俺、音彦くんと話すの好きだったし。このまま気まずく終わりたくなくて。
でもこの歳になって友だちになってって押しかけるってダサいよね。」
笑った彼に少し釣られる。
人がいいにも程がある。
セフレ解消のあと普通に友だちになる何てこと今までなかった。
ここで断るほど俺は鋼メンタルではなく、まぁ、友だちならいいかななんて頷いてしまった。
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