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第9話 

昨日の今日なのに何でこんなにすぐ広まるのか。 今日も天道は学校に来なくて、仕方なく一人、食堂で飯を食っていた。 鳥羽からのメッセージに返信をして、スマホを置いたその時だった。 「なぁ。」 声をかけられて、顔をあげると一人の男子。 にやにやと嫌な顔をしている。 その後ろにはテーブル席に座って忍び笑いをしながら此方を窺う数人の男女。 見たことはある気がする。 確か何かの授業で一緒。 でも、話すのは初めてだ。 首を傾げて、言葉の先を持つ。 でも耳に届いたのは不快極まりなく心が凍てつくものだった。 「烏丸?だっけ。 お前、ホモなん?」 「……は?」 すぅ、と腹の底が冷えていく。 呼吸が浅くなる。 「いやぁ、昨日見ちゃって。なんか男に迫られてなかった? 何あれ、彼氏?それとも、おホモだち的な?」 彼の言葉にテーブル席の集団は噴き出している。 「……。」 「えっ、もしかしてマジなん? うわうわ、俺ああいうの初めて見たんだけど。 なぁ、お前らマジだって!」 「……、……?」 振り返ってはしゃぐそいつ。 呆気に取られて言葉も出ない。 スプーンを持つ手が震える。 なんで、言い返さない。 言い返せない。 なんて言ったら分からない。 どうしよう。 沈黙は是だ。 でも否定はしたくない。 俺は俺を否定しちゃだめだ。 もっと苦しくなるだろ。 「ごめーん、おとちゃん。プリン貰ってくんない?」 突如割り込んできた、場違いなまったりとした声。 ぎこちなく顔を向ける。 「あ、メグ先輩じゃん。」 俺より先に目の前の奴が言う。 ぶつかりそうになった女子にごめんねと声をかけて、こちらに歩いてくる彼。 手にはすでに開封されているプリン。 咥えているプラスチックのスプーンを口から離して、彼はにっこり笑った。 「盛り上がってんね、何の話?」 「あ~、聞いてくださいよ先輩! こいつ、昨日駐輪場で堂々と痴話喧嘩! しかも男と。俺らもう超~びっくりしちゃって。」 俺を指さしながら嬉々として話し出す。 うわ、こいつ本当に最悪。 ガキかよ。 殴りたい。 先輩にまで知られた。 嫌いなやつに挟まれて絶体絶命なんだけど。 2人掛かりで揶揄われたら、さすがに心折れそう。 あぁ、もう面倒くさい。 助けて渡貫。 コイツの頭にバスケットボール当ててくれ。 《11話~20話》 俺をちらりと見る先輩。 なんとでも言えよ、俺は。 今さらそんな、一生で一瞬しか交わらない関係の奴らのいう事なんて気にないから。 そう言い聞かせている時点で自分がさらに惨めだ。 一瞬考えるような顔をした先輩は、テーブルに手をついて俺とそいつを遮るようにした。 「……いや、ごめん。 話めっちゃ逸れるんだけどさ。」 「なんすか?」 「お前、誰だっけ?めっちゃ親し気に話しかけてくれたけどごめん、全然知らないんだわ。」 コテン、と首を傾げた先輩は目の前の同級生をまじまじと見つめる。 うすら笑いを浮かべているけど、目が笑っていない。 言葉に詰まるそいつに、畳みかけるような先輩の視線。 ふとそれを逸らした先輩はぼんやりしている俺に顔を向ける。 「おとちゃん、こいつ誰?」 「……ん?え?あ……いや、俺もよく、知らなくて……。」 「知らないの?あ、そう。 そんなことよりプリン貰ってくんない?」 「いや、食べかけ……。」 顔の前に持ってこられたそれは明らかになん口か食べられている。 若干仰け反りながらそれを見つめていると、小さな舌打ちが聞こえた。 顔を向けた時には、足早に去って行く男子生徒の背中が見えた。 肩の力が抜ける。 結局、肯定も否定もせずに終わった。 この人が来なかったらどうなっていたんだろう。 というか、相手側に加勢されると勝手に勘違いしていた。 勝手に罪悪感が生まれる。 「先輩。」 「なに。」 「いや、あの、ありが」 「プリン?いや、あげないよ?話しかける口実がこれしかなくて。」 「いや、そっちじゃなくて……は?」 パッと顔をあげると彼はまたもぐもぐと持っていたプリンを食べ始めていた。 いや、そんなことより口実って何? そんな空気読めるような奴だったのか? 「え、どゆこと……。」 「いや、俺の意志じゃないんだけどさ。 おとちゃん困ってそうだったし、従妹が早くいけってうるさくて。」 待って。 話の展開が全然読めない。 俺が頭の上に「?」を浮かべていると、先輩は片眉をあげる。 「あれ?同じ学校だったんでしょ?」 「誰が。」 「俺の従妹。」 「だから誰。」 「あれ、知らない? 日下部愛生っていうんだけど。」

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