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第10話 真夜中

(日下部……?) 思い当たるのは一人しかいない。 高校二年生の時。 季節外れの転校生。 一目見た時に思った。 きっと苦手なタイプだろうと。 漆黒に近い黒髪に、綺麗な弧を描く口元。 完璧とも言っていいであろうその笑顔は、むしろ人を遠ざけそうで。 目の奥が笑っていない。 むしろ腹の黒さが丸出しのような。 萌志と鳥羽が付き合うまでに、その日下部とひと悶着合ったのも知っている。 直接何かをされたわけじゃないけど、俺の聖域になってことしやがるってあまり好きじゃなかった。 そんな印象最悪の日下部が俺を遠回しに助けたとか。 信じろと言われても無理なんだけど。 あぁ、でも。 メグ先輩のさっきの笑顔は彼女に重なるものがある。 「日下部愛生……。」 「そうそう、愛生。」 「が、従妹…。」 「そう、従妹。」 ほら、と指をさしたその方向には、立てられたトートバッグの影に隠れている一人の女子が見えた。 不自然すぎてむしろ目立つというか。 「はぁ?愛生の奴、隠れんのヘタクソかよ。」 そう呟いた先輩は俺のところにプリンのカップを置いて、大股で彼女のもとへ歩いていく。 その様子をまだボケっとしたまま見つめた。 先輩がバシバシとその華奢な肩を叩くと、「痛い!馬鹿!」と不機嫌に眉根を寄せた彼女が顔をあげる。 卒業をして半年。 久々に見る同級生。 同じ制服を身に纏っていたのがひどく懐かしく感じた。 * 2人は何やら会話をしている。 此方を指さす先輩。 嫌だと首を振る日下部。 大方、先輩は日下部を俺のとこに連れてこようとしているのだろう。 どうしよう。 日下部が俺のところに先輩を派遣(?)してくれたのなら、俺から彼女のところに行くべきだろうか。 丁度、食器は空だし。 席を立つ口実にもなるだろう。 空になったプリンカップもトレーに乗せて立ち上がった。 さっきの件に聞き耳を立てていたであろう周りの生徒の視線が背中に刺さる。 大丈夫、大丈夫。 2人に近づくと、日下部はあからさまに嫌そうな顔をする。 やっぱり少し苦手かもしれない。 でも、高校生の時より表情が人間らしくてマシだ………と思いたい。 「あ、おとちゃん来たの。」 「まぁ、一応……。」 「食器、俺が片付けてやるからぼっち同士でしゃべってな。 荷物置いてるけどそこ座っといて。」 気に食わない一言を添えて、先輩は俺の手からトレーを奪う。 抗議をする前にさっそうと立ち去られてしまった。 視線を向けると、フンと鼻を鳴らされる。 大人しく座ってみたけど、日下部が口を開く気配がない。 いや、気まず。 「……あのさ、」 「何。」 食い気味かつ刺々しく言葉が返ってくる。 何でこいつ、こんなに戦闘態勢なんだよ……。 確かに助けてもらったけど、お礼も聞いてくれなさそう。 というかやっぱり事実かも疑わしい。 結局そこから俺は何も言えなくて、机の下で爪を弄っていると先輩が戻ってくる。 「なんか喋れたー?」 「「……」」 「だよね。」 分かってたなら二人きりにするなよな。 日下部も同意見らしく、2人して先輩をジトっと見る。 そんな視線感じないとでもいう風に、鼻歌交じりで先輩は俺の隣に座った。 * どうやら日下部家と白鷹家の関係は複雑らしい。 2人の母親は年の近い姉妹。 仲が良くて、自分たちの名前に共通する漢字を子供たちにつけるほど。 なるほど。 愛汲と愛生、ね。 白鷹家はどうやら由緒あるおうちらしく、婿養子を迎えることは決定事項。 メグ先輩の母親は海外からのコネクションを得るために、ハーフ男性と結婚。 日下部の母親は、家に反発して勘当。 からの色々(ここは詳しく聞いていない)とあったらしく、日下部だけが白鷹家に戻るという形に収まっているらしい。 苗字は変わってないけど。 「まぁ、俺たちは仲いいもんね。」 「別にそうでもない。」 「そんなこと言う? 俺しか喋る奴いないくせに。」 「別にメグと喋んなくても生きていけるし。」 完全にアウェイなんですけど。 系統は違えど美形二人に囲まれて、気が滅入ってきた。 なんで俺の周りは平均以上の顔が多いんだ。 俺はこんな、普通の顔をしているのに。 途中から日下部の隣に移動した先輩。 正面に2人が並ぶと美の暴力だ。 従兄妹だと知らなかったら、普通にいちゃついているようにしか見えない。 そう思っていたら、後ろを通り過ぎる女子生徒が盛大な舌打ちをして去って行く。 後から続く数人も冷たい視線を俺たちに投げかける。 あれ、見たことあるな。 そう思って記憶を辿って、納得。 路地裏でメグ先輩に『孤独死しろ』発言した元カノだ。 舌打ちに2人が気づかないわけがない。 日下部はメグ先輩の肩を押す。 「もーやだ、あたしがメグの本命だと思われてんの。 知ってた?」 「ウケる。」 「ウケないし。 彼女作るならもっとちゃんとして。」 そう言って日下部は徐に立ち上がる。 俺と一瞬目が合ったけど、すぐに逸らされる。 うわぁ、かわいくね。 綺麗に巻かれた黒髪を揺らして、さっさと立ち去ってしまった。 少し甘い香水の匂いだけが残った。 先輩と向かい合ったまま、沈黙が落ちる。 静かな先輩は居心地が悪くて、慌てて口を開いた。 「……仲良いんですね、日下部と。」 「従妹だしね、飾らなくて楽だよ。」 「高校の時とは少しイメージ変わったかもしれないです。」 「いいイメージに?」 「……。」 「肯定しないんかい。」 イメージが変わったのは日下部だけじゃない。 先輩もだ。 超自然体の2人を見て、今まで勝手な主観で毒づいてしまっていたことを少しだけ後悔した。 苦手なのには変わりないけど。

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