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第11話 

日下部と再会してから、約1週間。 以前よりも治まったものの、未だ好奇と奇異の視線を感じる。 まぁ、あれは肯定してしまったようなものだ。 俺を茶化した男子が腹いせに周りに言ったみたいだ。 でも高校の時と違って、一部が騒いでいるだけでほとんどの人が無関心。 好きになるのが単純に同性だっただけ。 それの何が可笑しいのか。 別に、四六時中相手を探して徘徊しているわけでもない。 同性だったら誰でも好きになるわけでもない。 別にそれを言ったわけじゃないけど、以前食堂で席を立つ際に先輩が 『あいつがお前を揶揄ったのは、未知に対する防衛本能だから。 ビビっちゃったんだよ、無視してやりなね。』 と謎の慰めをしてくれた。 そのおかげか、萎縮もせず嫌悪感もいくらかマシに思える。 本来なら夏休みなんだけど、集中講義とやらで学校に行かなくてはいけない。 でもそれも今日でお終い。 高校の時よりもはるかに長い夏休み。 つまり萌志たちが帰省してくる。 ストレスでささくれだった心にようやく安寧が訪れる。 そう思うと、ホッとして心が穏やかだった。 今日という日が午前授業で終わるなんて、なんて粋な計らいなんだ。 講義が終わるのを、何度も時計を見ては待ち遠しく思う。 あと30分……あと10分……あと5分……。 こういう日に限って、チャイムが鳴っても終わらない。 予定がある人達は苛立たし気に小さくため息をついたり、あからさまに音を立ててペンを納めたりしている。 俺だって、早く2人に会いたい。 でも今日の俺は寛大だからな。 少々の事じゃイライラしたりしないんだ。 天道たちは3日前に一度来て、それからまた来ていない。 課題提出もあったのに。 あいつ、どうするつもりなんだろう。 久々に見た天道はどこかやつれた感じだったけど、隣に立つ鯱さんは相変わらず表情が読めなかった。 溜まった天道分のプリントは、俺のカバンの中。 新学期に渡すんじゃ、少し遅いよな。 連絡はついていない。 大丈夫かよ。 1年の前期で既にこの状態。 やっと号令がかかってみんな席を立ち始める。 メッセージを確認しようとスマホを開くと、ちょうど萌志から着信があった。 ぶわっとテンションが上がる。 あっという間に天道のことが頭の端に追いやられ、ワクワクと電話に出た。 「もしもーし!」 『あ、烏丸~?久しぶり~!』 のほほんとした萌志の声が聞こえた。 懐かしいのと寂しかったので、鼻の奥が勝手に痛くなる。 半年ぶりの親友の声は破壊力がすごい。 『あと30分したらつくから。』 「うん、気をつけてな。鳥羽は?」 『半分寝てる。昨日、ラストまでバイトだったみたいでぼんやりしてる。』 死んだ顔の彼が思い浮かぶ。 何で帰省の前日にラストまでシフトいれてんだよ…。 俺は楽しみすぎて、昨日からシフトを入れていない。 乗り換えで車内に入るらしく、萌志との通話は数分で切れる。 もうすぐ会える。 この日のために俺はずっと頑張って来たんだから。 不良の鳥羽とは絶対関わることがないと思っていたのに、蓋を開ければ普通の子だった。 それに、俺の言葉を何でも鵜呑みにするから面白い。 それで萌志に怒られたことも屡々。 やっぱり、高校はすごく楽しかったな。 戻りたいっていつも思ってしまう。 あの頃の渡貫に会いたい。 最寄り駅の新幹線口。 懐かしい2人を見つけて、手を振る。 「萌志!鳥羽~!!」 「わ~い、烏丸~!!」 萌志が駆けてくる。 その後ろから小走りで向かってくる鳥羽。 死ぬときの走馬灯はこの光景オンリーでよろしく。 あぁ、愛しの推しカップル。 俺は彼らのキューピッドだと言っても過言ではない。 多分これは老後まで自分の中で自慢できる唯一のことだと思う。 萌志がまさか学年きっての不良を好きになるとは思わなかったけど、もだもだしている2人を見ているとお節介を焼かずにはいられなかった。 最初はあまり好きではなかった鳥羽も、仲良くなってみれば面白い。 耐性がないから、際どい下ネタを耳元で囁いては真っ赤になる彼の顔を見るのは楽しかった。 久しぶりだから、思いっきりからかってやろう。 「おらぁ!」 「うわ、ばか。」 思いっきりジャンプしてそのまま萌志にしがみつく。 いい匂いだな、この野郎。 鳥羽の奴、こんないい思いを普段からしていやがるのか。 いいなぁ、彼氏。 萌志は顔がいい、背が高い、明るくて面倒見もいい。 超優良物件。 非の打ち所がないだろうに。 対する鳥羽も中性的な顔立ちと華奢な体つきで、きっと女の子から見れば恋愛対象にはなかなかならないタイプだろう。 推しとして崇拝されるであろう、儚げで小綺麗なタイプ。 厳ついピアスと近寄るなオーラを除けばの話だが。 多分鳥羽は萌志じゃないと無理だ。 逆もまた然り。 あぁ可愛い。 俺は2人が大好き。 だから帰ってきてくれて本当に嬉しい。 県外に子供を出した親の気持ちってこんな感じなのかなぁ。 「おい、離れろ。」 顔を向けると、ジト目の鳥羽がいた。 「ん~??嫉妬かね、暁ちゃん。」 「うるせーな。烏丸にどうこう思ったりしねーよ。」 「ありゃ、えらい強気じゃねーか。」 強がったって丸わかり。 拗ねたように尖った薄い口と眉間のしわが物語っている。 今更、俺が嫉妬の対象になるわけないだろうに。 鳥羽には俺がセフレをとっかえひっかえしていることを、高校生の時に知られている。 今も同じ状態であることは、大変情けないことだけれどもまぁ、どうしようもない。 直接俺の口から言っていないものの、たぶん渡貫のことを好きだったのは2人にはバレている。 渡貫本人に最後まで気づかれなかったのは、単純にあいつが鈍感で馬鹿だったからだ。 そして、俺のことを本当に友だちとしての純粋な友愛を抱いていてくれたからだ。 渡貫の場合、好きになった瞬間に失恋は確定していた。 多分失恋したのも鳥羽と萌志は分かっているんだろう。 渡貫がこの場にいないのは、確かに寂しいけれど。 会いたくないのが、結局のところ本音だ。 久しぶりじゃん、と笑える自信が今は正直ない。

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