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第13話 

中からにぎやかな笑い声がする。 いいのかよ、こんなところに未成年が入って。 しかもまだ日も落ちていないのに、完全に出来上がっている雰囲気だ。 汗ばんだ手の中でスマホがまた鳴る。 『ついた?』 ついたけど…。 ゲイバーやハッテン場には入れるくせに、こういう場所には何故か躊躇してしまう。 声がひと際大きく聞こえて、顔をあげると曇りガラスの扉に人影が映っていた。 慌てて一歩下がると同時に扉が開く。 同じくらいの年齢の眼鏡をかけた細身の男子が顔を覗かせた。 不自然なほど黒い髪の毛がメガネのフレームにかかっている。 失礼だけどいかにも地味、という感じだ。 「……。」 「……?」 出るのかと思いきや、俺の顔をまじまじと見ている。 なんだ? 知り合いではない。 見たことがない。 あるかもしれないけど、彼のような見た目では似たような人が多すぎる。 凝視されて居心地が悪い。 合わせていた視線を外そうとしたとき、彼が口を開く。 「”おとちゃん“さん?」 「あ、はい……ん?」 おとちゃんさん? 俺の返事を聞いた彼は顔を店内に向けて声を張る。 「メグせんぱーい!!おとちゃん来たよーー!!せんぱぁーい!」 吃驚して目を向いていると、暫くしてどたどたと騒がしい足音が聞こえた。 そのまま勢いよくそのメガネ男子の肩にもたれついたのは、俺を呼び出した張本人。 顔が真っ赤だ。 元々色白だから、面白いくらい赤くなっている。 俺を見るなり、先輩はにこぉ〜っと子供みたいな笑顔を浮かべた。 「スミス、よくおとちゃんって分かったね~!」 「田中ですよ。」 「おとちゃん、こちらスミス~」 「田中ですよ。」 一体何の茶番に何に付き合わされているんだろう。 帰りてぇ。 スミスもとい田中(どうやら同級)と先輩に引っ張られて無理やり店内に連れ込まれる。 というか田中ってなんでスミスなの? まぁ、それは後々わかるんだけど…。 連れて行かれた席は出入り口に近いボックス席で、すでに3人座っている。 軽音部の先輩たちだ。 見たことがある。 ギターとベースとドラム。 そして先輩がボーカル。 でもおかしいな、先輩のバンドってもう一人ギターがいたような…? あれ、もしかしてこの田中? いやでももっと顔が濃い人だった気が…… 1人で悶々としていると座るよう促される。 長い前髪のドラム担当の先輩に声をかけられた。 「あぁ~、おとちゃんってお前ね!見たことあるわ、高校分かるよ俺!」 「…ス。」 「テンションひく!人見知りちゃん?」 「あ~ほら、前髪お化けのせいで怖がってんじゃん。」 茶化したのはギター担当のサブカルボーイ風の先輩。 ベース担当の人は黙々とジョッキの中のビールを飲んでいる。 一気飲みって体に良くないんじゃねーのか。 でもメグ先輩みたいに頬は紅潮していないし、真顔で喉を鳴らしている。 「メグ~、どーせ無理やり連れてきたんだろぉ。 いたたまれない感じになってんじゃん?」 「ん~……おとちゃん人見知りちゃん……」 「駄目だわこれは。」 メグ先輩の前から、ジョッキが移動される。 「これ一杯目よ?」とドラムの人が首を振る。 本当にお酒弱いんだ…。 いつもより壁がなくなって、俺はこっちの先輩の方が好きかもしれない。 あの色素の薄い目にじっと見つめられることもない。 ギター担当の茅矢(ちがや)先輩。 ちーちゃんって呼んでって言われたけどたぶん呼ばない。 ベース担当の長岡(ながおか)先輩。 ザルっぽいこの人は、ナガって周りに呼ばれてるのを聞いたことがある。 ドラム担当の武笠(むかさ)先輩。 茅矢先輩に便乗して、むっちゃんでいいよって言われたけどたぶん……以下略。 そして、2人目ギターの田中。 あだ名はスミス。 「なんでスミス……?」 俺の言葉に、茅矢先輩と武笠先輩は待ってましたとばかりににや~っと笑った。 そしてコップに口をつけていた田中にじゃれつく。 勢いあまってジュースが胸元に零れてしまった。 「あぁ~もう!零れたじゃないですか!」 「スミス、眼鏡!眼鏡とって!」 「えー…うわ、ちょっ」 渋った彼の眼鏡を先輩たちが取る。 最後にメグ先輩が彼の額に手を当てて目元にかかった前髪をあげた。 「「「スミスぅ~!」」」 声を重ねて何故か3人はドヤ顔で俺を見た。 でもなるほど。 納得してしまう。 面白いくらいの顔の濃さ。 やっぱり俺が見た顔の濃い人は田中だったんだ。 茅矢先輩は頷く俺を見てから、田中の顔に眼鏡を戻す。 「そして~、眼鏡をかけると~!」 「「「眼鏡の田中」」」 「ブホッ」 黙々と一人でお酒を飲んでいたはずのナガ先輩が急に噴き出す。 咽て咳込む彼の背中を武笠先輩が爆笑しながらバシバシと叩いた。 とてもしょうもないことなのに、お酒が入っている彼らは仰け反って声が出ないくらい笑っている。 田中は曲がっていた眼鏡を押し上げながら俺を見た。 「大変でしょ、この人たち。」 「なんかすごいね。」 「俺だけですよ、お酒飲めずに酔っぱらいの面倒見なきゃいけないの。 これからは烏丸くんも来てくれると助かります。」 そう文句を言いつつも楽しそうだ。 回ってきた店員さんにやんわりと注意されてやっと4人は静かになる。 それでもお互いを小突き合いながら忍び笑いが止まらない。 「先輩たち、普段はもっとクールですよね。 メグ先輩は特に。」 「……。」 確かに、今の彼は普段の姿からは想像しがたい。 ちなみに今日は、単純にただ酔っ払った先輩に呼び出されただけで特に何か俺に用事があったわけではなかったんだけど。 最近は最初の印象を崩されることが多い。 ケラケラと笑う先輩は子供みたいで少し可愛かった。

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