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第14話 ヴィーナスベルト

高校時代からあまり先輩後輩の波に揉まれることもなく、友だちだけの空間で過ごしてきた俺にとっては新鮮な時間だった。 上下関係は正直鬱陶しく、たかが1,2歳差で偉そうにされるのが気に食わないというかわいくない思考をしているからどうなるかと思ったけど。 スミスも年下ではあるけど、先輩たちとは砕けた関係らしい。 何杯飲んでも足元がしっかりしていたナガ先輩以外をスミスと2人で送る。 と言っても、武笠先輩と茅矢先輩をタクシーに突っ込んで、スミスがそれに同乗しただけなんだけど。 俺はと言えば 「1人で歩けるよ~!」 「ぜひそうしてほしいんですけど。」 楽しそうなメグ先輩を引っ張って歩いていた。 手を離したらふらふらと別の方向へと足を進めてしまうから、仕方なくその腕を掴んでいる。 疲れて思わずマスクをずらす。 「あ。」 「ちゃんと顔見れた。」 「……。」 「なんで戻す。」 居酒屋でも外してましたけど。 他人のコンプレックスほどどうでもいいものはないって分かってる。 案の定俺が気にしているアヒル口も口角の横に添えられたホクロも、あの席で特に触れられなかった。 でも改めてまじまじと顔を見られるとやっぱり隠したい。 というか俺ってなんで呼ばれたんだろう。 夜ご飯は結局奢ってもらったし、ボッチ飯は免れたんだけれども。 「先輩、家どっちですか。」 「あっち。 というか、アレ。」 指をさしている方向に目を向ける。 あれは高層マンション。 違うだろ、絶対。 黙っていると、今度は俺の腕をメグ先輩が掴んで引っ張っていく。 「ちょ、先輩ってば。」 「あれが俺の家です。間違っていません。」 オレンジ色の高級感が溢れる明かりが近づいてくる。 あれ、本当なのか? そう言えば実家が金持ち的な話を聞いたことあったな…日下部と会った時に。 近づいて見上げれば首が痛くなるほど高い。 フロントを通れば、コンシェルジュが頭を下げる。 その時、慌ただしく足音が追いかけてきた。 「メグ!!!」 トロトロと振り返る先輩の腕の影から俺の声の方を見た。 息を切らして、歩み寄ってくる女子。 俺の腕を掴んでいる先輩の手が微かに強張った。 路地裏で先輩を罵倒して、学校でも物凄い敵視をしてくる元カノ。 思わず先輩を見上げる。 さっきまで笑っていた先輩は、いつもの表情に戻っていた。 「……依羽ちゃん。」 「私、やっぱり納得いかないの。」 よるはちゃん、だって。 呟くように名前を呼んだ先輩。 近寄ってきた彼女がちらりと俺を見る。 俺を気にする前にコンシェルジュさんを気にしたほうが良いのでは。 彼らに目を向けたら、カウンターからいつでも出動可能な体勢で此方を窺っていた。 「ちょっとだけでいいから、話させて。」 「する話って……今さらあるっけ?」 「あるから、来たんじゃん。」 そう言いながら邪魔そうに俺を見た。 でも先輩は俺の腕から手を離さない。 ん? 何で離さないの?俺はぶっちゃけ関係ないし、この人を庇おうとも思わない。 もう一度言うけど、俺は関係ない。 なので、 「……先輩。」 「なぁに、おとちゃん。」 「……。」 鋭い視線とは真逆。 柔らかい声音で俺に返事をする。 言葉に詰まった俺をチラッと見た先輩は、そのまま手を離した。 「ごめん。 送ってくれてありがとね、帰れる?タクシー呼ぶ?」 「いや、金かかるし。」 「俺出すよ、遠いでしょ?」 「いやそれは大丈夫……。 歩いて帰れる範囲なので、ほんと……。」 断っている間も、ビシビシと威圧感が伝わってくる。 何だろうなぁ。 このまま先輩は彼女を部屋にあげるんだろうか。 何度も言いますが、俺には関係ないけど。 別れてもなお、別れ際にあれだけ揉めていてもなお、自宅にくる元カノ。 というか、振ったのは彼女の方じゃなかったっけ。 でもあの別れ方は冷静になれば納得いかないよなぁ。 まぁ、俺には関係ないけど! (……面倒なことにならないといいな。) まぁ、俺がいたところで何の解決にもならないことは俺が一番わかっている。 今できることは静かに立ち去ることのみ。 俺にはどうすることもできない。 何かあった時にはコンシェルジュの皆さんが何とかしてくれるだろう。 その時、先輩のスマホから着信音が響いた。 タイミング悪いな……誰だよ! これでスマホを見たら、もっと元カノ怒るんじゃないかな。 そう思ったけど、先輩は帰るのを促すように俺の背中をポンポンと叩いた。 俺を見る彼女の目がさらに鋭くなる。 いや、ほんと違うから。 俺まで嫉妬の対象にしないでほしい。 一度鳴りやんだ着信音がまた鳴り始める。 それに被せるようにチャイムを鳴らして、エントランスにエレベーターがつく。 そして下りてきた人物に思わず顔を顰めてしまった。 さすがの先輩も唖然としている。 スマホを片手に気だるげな表情。 巻かれた綺麗な黒髪と、それとは対照的なラフな部屋着。 伏せていた目が、ふとこちらを見て… 「……げぇ。」 「愛生……タイミングが……。」 思わずと言った風に日下部は顔を歪めた。 日下部がスマホを下ろした瞬間に着信音も止まる。 「遅いと思ったら…なにこれ、めんどくさい……。」 それ俺も思ったけど、言わなかったやつなのに…。 そして日下部の登場のおかげでさらに面倒くさいことになっているのは、間違いがない。 死なば諸共。 日下部を先に立ち去らせるものか。 立ち去るタイミングを失った俺。 その時、怒気を含んだ声が響く。 「別れて、そんなに経ってないのに……っ もう同棲…?!やっぱりそっちでデキてたんじゃん…!」 キッとメグ先輩を睨んだ元カノはそのまま……日下部に向かって一直線に歩み寄っていく。 歩み寄るというより最早駆け寄っている。 ブンと振り上げられた手。 咄嗟に足が動いた。 (間に合わない…!) バシッ 大きく踏み出した足がそのまま止まる。 叩こうとしたのは元カノの方。 でも唖然とした顔をして頬を抑えているのも、元カノの方だ。 掠れた声が聞こえた。 「いった……。」 (うーわ、やったよ。あいつ…) さっきの音は日下部の平手打ちが綺麗にヒットした音だった。

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