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第16話 紅掛

途端によそよそしくなったおとちゃん。 やっぱりこんなところ2回も見たら引いちゃうよね。 もう遅いし、泊まる?と聞いたら全力で断られた。 ちらりと俺たちを見て帰っていく彼を何となく眺めてから、元カノを振り返る。 「行こうか。」 暫く無言が続く。 彼女はもう泣いていない。 スタスタと歩く彼女の半歩後ろをついていく。 彼女が徐に口を開いた。 「……あの子は誰。」 「あの子って?」 「女の子。」 「愛生の事?愛生は従妹だよ。」 また沈黙が落ちる。 愛生は散々彼女に自分が無関係なことを主張していたみたいだけど、全く聞いてもらえなかったみたいだ。 白々しく嘘をついているのだと勝手に思いこまれていたらしい。 たぶん愛生も喧嘩腰だったんだろう。 これも全部俺が悪い。 彼女が愛生に平手打ちを食らったのも、愛生が手をあげてしまったのも俺が悪い。 これから罵倒されたって言い返す権利もない。 「……なんで、告白した時にOKしたの。」 「……話していて楽しかったし、今はそうじゃなくても付き合ってみれば、 俺も同じように依羽ちゃんのとこ恋愛的な意味で好きになれると思ったから、かな。」 「でも結果はそうじゃなかったんでしょ。」 「……。」 「黙らないでよ。」 また声に涙が混じっていく。 どうすればいいんだろう。 謝るのだって違うんだ。 「どうしてキスとかできたの?っ私がねだるまで絶対しなかったでしょ?」 「したら、喜ぶのかなって……。」 「なに、それ……。」 久々に呼んだ彼女の名前。 別れたことを悔やんだり、思い出に浸ったりを自分が全然しなかったことを思い知らされる。 「本当に俺が、いけないんだよ。 ごめんね。 キスとかそういうことをしたら、嬉しそうな顔をしてくれるから それが見たくて……それが正解だって思って……。」 「全然正解じゃないよ。 メグが同じように想ってくれてないの、分かっちゃうんだよ。」 「うん……。」 また俯いて涙を拭い始める。 こうなるのが分かっていたはずなのに。 今までも同じことを繰り返してきたのに。 「周りにも言われたの、ホントに付き合ってる?って。」 「……」 周りにもバレてしまうような恋愛の真似事。 いくら真似をしたってダメらしい。 ちゃんと恋愛ができる人たちには、それが分かってしまう。 「全部全部あたしからだったじゃん… これから、また彼女できても同じことを繰り返すの? それともその子には恋ができんの?」 「分からないよ……。」 「……いつか本当に大事にできる人、できたらいいね。」 でも、依羽ちゃん。 そのいつかは来ないかもしれないじゃん。 『いつか』に期待して、また同じことを繰り返すのかも。 こうやって泣きじゃくる子を見て、何とも思わないわけがない。 悲しい、つらい、苦しい。 そういう感情はちゃんとある。 デートだって楽しかった。 でももしそれが依羽ちゃんじゃない誰かと入れ替わっても、俺はそのまま楽しめる。 それに気づいて、寂しかった。 「本当にごめんね。 叩かれたとこ痛いでしょ。」 「そういう気遣いもいらない…もういい……一人で帰る。」 「暗いし、危ないよ。」 振り返った彼女はまた顔をくしゃくしゃにしている。 最後に見るのが怒った顔と泣いた顔。 彼女が立ち止まって俺を見上げる。 「どうせそれも言っておけばいいって思ってるんでしょ?」 「そんなわけないじゃん。」 違うよ。 何もかもが計算と思われても仕方がないのか。 きっと何を言っても嘘に聴こえて、彼女は泣いたままだ。 「ママ呼んでそこのコンビニで待つから、いい。」 「でも。」 「もういい。ホントに終わりにする。押しかけてごめん。」 振り切るように頭を振って、そのまま彼女は小走りで俺から離れていく。 追いかける理由も未練も何もないことをぼんやりと知る。 また、1人になる。 きっと年を取るにつれて孤独は増す。 それが怖いだけ。 1人になるのが怖いだけで、周りを利用しようとした。 孤独死しろ。 そう罵られたって仕方がないじゃん。 コンビニの光に吸い込まれていった彼女の背中を見届けてから、踵を返した。

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