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第4話 White Out
自分に隙がある時には、魔が付け入る。
大学が冬休のためか、ほとんど人がいなかった。普段は学生があふれている大学へと続く一本道が閑散としていて人通りもまばらだった。
「おや、満澄のボンじゃ、お久しぶりですね」
会いたくないやつが、逃げ道のない場所で正面に立っていた。何がお久しぶりだ、偶然を装っているが足元に転がる煙草の吸い殻の数が、どれだけ長い間ここに立っていたのかを証明している。
……待ち伏せていたのだろう。
「何の用だ」
「いえいえ、偶然ですよ」
「何の用だ」
「まあ、そろそろ小遣いもなくなってきましたしね、単なる金の無心ですよ」
お前の欲しいネタを持ってきたらから、いくら出すのかと言うところだろう。何日も風呂に入っていないと分かるその姿を見て、道行く人が顔をしかめる。男は通称「鼠」と呼ばれている、本当の名前は知らない。
人に知られたくない過去や秘密を調べ上げては小銭を稼いで生きている。探偵と言えば聞こえがいいが、たんなるドブネズミだ。
「……何をいくらで買えというのか?」
「へへ、物分りのいい人は出世しますよ」
「与太話は要らない、何をいくらで買えと?」
「このネタ。ボンに売るのか、それとも箱崎のだんなに買ってもらうのがいいのか、ようわからんのですわ」
箱崎の……なるほど、そういう事か。どうせ碌でもないネタだと思っていたが、これは使えるかもしれない。今までこいつをのさばらせておいた意味もあったということだ。
「ボンは、親父さんとは違って頭が柔らかい。この話がどれだけ儲かるか、きっとわかってもらえると思ってましたよ」
「話せ」
鼠はにやりと笑った。
「事務所まで来て頂けますかね、ここでは何ですからね」
鼠の後について下町の古いビルへと向かった。築40年の空き倉庫の二階事務所が鼠の事務所だ。この事務所に違法に居座っているのではと思うほど、この辺りには誰もいない。廃れた街の片隅の人に忘れられた空間なのだ。
埃まみれの階段を上がる、目の端に光る小さな目が二つみえる。その小さな生き物は、侵入者に驚いて、キィキィと音を立ててその場からいなくなった。
昼間でも薄暗い通路の先にグレーの扉がある。その扉に手をかけノブをまわそうとした時に、鼠はふと手を止めて振り返った。
「ボン、先に入っててもらえませんか?下の倉庫に大切なもの忘れて来てしまいました」
鼠はそう言い残すと、今来た通路を独り戻っていった。小汚い事務所の中に入ると、壁にある電気のスイッチを入れる。切れかかった蛍光灯が、ちかちかとするの中照らし出された空間は昼間なのか夜なのか判別がつかない状態だった。
部屋の真ん中にお仕着せ程度に置かれた、ソファはスプリングがへたり座るとみしと音を立てた。
五分ほど待つと廊下を歩く足音がした。……何かがおかしい。足音の数が複数になっている。決して早歩きではなくゆっくりと近づいてくる足音が今までに味わったことのない恐怖をもたらす。
変な汗が出てきた。慌てて立ち上がり窓の方へと移動する。錆びついた窓を開けようとした時に、ドアがゆっくりと開いた。反射的に振り返ると、鼠の後ろに見慣れない無表情な大男が経っていた。
「……鼠、お前」
「ボン、すみませんね。一番儲かるネタ、私が手に入れたいじゃないですか。ボンは金になるんですよ」
後ろは錆びついた窓、逃げ場はない。
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