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第5話 Black Out

 「……どう言う…事だ」  「言葉通りですよ、金になる」  鼠の横に立っていた無表情な大男が、仮面のように表情を崩すこともなく近寄ってくる。  ……これは……アブナイ。  誰にも気づかれないように、そっとポケットの携帯に手を伸ばす。その手の動きに合わせて鼠の視線が少し膨らんだポケットへと移った。  「忠犬が飛んでくる仕掛けですか?無駄ですよ、ここは携帯の電波は届きませんよ」  鼠はにいと笑うと入り口の近くの棚に置かれている小さい機器を指さした。埃が薄く積もった棚の上に真新しい機器が置かれている。わざわざ今日のためにここに設置されたのだろう。最初からここへ連れ込むことが目的だったのは明白、のこのこと馬鹿面をしてついて来た自分自身が嫌になる。  何としてでもここを切り抜けなくてはならない、辺りをうかがうが殺風景な部屋には盾になりそうなものさえもない。  窓の外には格子がついていて、ガラスを破ったとしても外へは出られない。あの男の横をすり抜ければ、鼠一人ならかわせるかも知れない。賭けるしかない。  そう思って利き足に重心を乗せたその瞬間に、鳩尾に鉛の様な思い拳が入ってきた。大柄な男だ動きも遅いはずと思っていたのは間違いだったようだ。膝から崩れるように前に倒れ込むとほぼ同時に鼠が後ろに回り込んだ。  両手首をつかんで後ろに引っ張られた。大男に頭を床に押さえつけられ動けない。顔が床と擦れて頬に引っ掻き傷を残した。  後ろでにまとめられた手は、結束バンドで両の親指が括られた。  「……あまり無茶なことしないでおいてもらえますか?商品に傷がついてしまったじゃないですか?」  商品……そうか商品なのかと、おかしくなる。自分が鼠だと思って飼っていたやつは、ハイエナだったのだろうか。  大男に肩を掴まれ天地をぐるりと入れ替えられ、ベルトが緩められた。その男は無表情なままズボンを膝までずりおろし、膝の位置で脚をベルトで固定した。  もう立ち上がることさえできない。  「服の内側まで調べろ」  鼠が大男に指示を出す。一切声を発さないこの男の匂いは鼠とは違う、おとなしく鼠の指示に従っているように見えるが違う。手入れされた靴、綺麗に整えられた爪。こいつが仕えているのは、箱崎か。  スーツのジャケットのボタンは引きちぎられ、踏みつぶされた。発信機など仕込んではない。  「高いジャケットなのに……」  「ボンも泣きわめいて、命乞いでもすれば可愛いんですがね」  下手に騒いでも体力を失うだけ、何の得もない。この先に何があるのか見えない今、無駄に足掻いてもしかたない。  「そうすりゃここから帰してもらえるなら、考えないでもないが」  「冗談じゃない、俺だって命は惜しいですからね。今帰したら明日の朝には、どっかの溝に浮くことになるんでしょう?無理な話ですよ」  今まで踏みつけてきた相手に、見下ろされるのはどんな気持ちかなのかと嬉しそうに笑う鼠を見ながら、ハイエナじゃない、こいつは汚いドブネズミ以外の何物でもないと思った。  ワイシャツ一枚に下着姿、この姿を見たら宇津木はどう思うのだろうか。怒るのか、落胆するのか。どちらにせよ、笑って慰めてくれることだけはないことは確かだ。  硬い床に拘束され転がされているせいで、身体の節々が痛くなってきた。どうくらい時間が経ったのだろう。  ああ、そろそろ帰らないと今日は大切な用事があったと思い出した。宇津木の心配そうな顔がまた脳裏に浮かんだ。

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