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第7話 Black Night

 「そろそろ、帰りたいのだが」  「帰る?どこへ?」  俺の申し入れに箱崎は怪訝な顔をした。分かってはいたが、宇津木との約束は果たせないようだ。別に親父の新しい恋人に会う義理はない、それでも帰ると宇津木に約束してしまった。  「明日、戻ってくる」  「俺がそれを受け入れると?」  面白いことを言うと箱崎は笑う、お前を解放することに何の得があるのかと問う。つまり俺という玩具に飽きるまで自由は無いと言いたいのだろう。  『あれだけ、申し上げたのですが』そう言いながら、困った顔をするであろう宇津木を思い出していた。  「そろそろ出るぞ、その男の始末はお前に任せた」  箱崎は顎をしゃくるようにして大男に指示を出した。鼠は柱に括りつけられ、ぶるぶると震えだした。    「だんな、そ、そいつを渡せばいいと」  何も答えず箱崎が鼠の顎を蹴り上げた。鈍い音がして、鼠はおとなしくなった。気を失ったのか、それとも打ち所が悪かったのか、いずれにせよもう鼠の命は風前の灯火なのだろう。馬鹿なやつだ、この期に及んでもまだ事態を理解していない。箱崎なんかを信じるからだと心の中で毒づいた。こいつに係わると命を落とすのだ。  箱崎は俺を傷つけることはしないはず。欲しいのは俺の頭の中の知識と、自分の玩具になる体の両方だからだ。今は製造も所持も違法になってしまった「ラブドラッグ」を造らないかと以前から誘われていた。  そんなものは簡単な化学の知識があればできる、別にそのために大学で学んでいるわけではない。  「お前も力が欲しいのだろう?だったら一切を任せるから、俺と組めよ」そう何度も言われてきた。その度にのらりくらりと逃げてきた付けが回ってきた。  「お前が素直に俺の言う事を聞かないからこうなるんだよ。おい、着替えさせて車に運べ」  部下に指示を出すと、名残惜しそうに俺の顔を撫で首筋を舐める。気持ち悪さが上がってくる。  両手の自由を奪っていた結束バンドが切られ、代わりに拘束衣を着せられた。芋虫のように転がって動くことさえできない自分自身が不甲斐なかった。  箱崎の父親は何軒かの二十四時間営業サウナを経営している。二十四時間営業とするためには男性専用としなくてはならないと言っているが、それは表向きの理由で実態はいわゆるハッテン場と呼ばれるところだ。さらにそこで男娼の斡旋もやっている。男が男に身体を売ることを規制する法律は現在の日本にはない。  箱崎の父親は法のぎりぎりのラインを上手くわたって生きている。しかし箱崎はより多くの利を上げることを考えているのだ。媚薬と呼ばれるもの全てが法にかかるわけでなはい。しかし、人はより強い刺激を、より深い刺激を求める。それが麻薬のように中毒を引き起こすものでなくても、精神的な依存はおこるのだ。  「金になる」それが自分の身体の事だとは、箱崎を自分の目で確認するまで気が付かなかった。しくじった。  箱崎の言いなりになるのも、従わないのもどちらも地獄でしかない。最悪の選択肢のみが目の前に提示されていてそこに拒否権は存在しない。  軽々と荷物のように抱え上げられ、車のトランクへ押し込まれた。トランクに放り込まれるという事は、内密に連れ出そうとしているという事だろう。つまり箱崎の父親はこの件に係わっていないという事だ。  「相変わらずお前はお利口さんだ、泣き叫ぶことをしない」  嬉しそうに笑う箱崎の顔を見ながら、こいつの顔をこうやって見上げるのは二度目だなと考えていた。

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