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第7話 妻フウカ 相模side

 家業とはいえ、何年も外国で生活し働いていた相模(さがみ)は、日本の職場環境や、日本人のビジネススタイルになじむのに日々苦労をしいられた。  上司である相模のやり方に、日本人の部下たちはとまどい、反抗し、付いてこれず、短い期間で何人も、何人も、入れ替わりをくり返し…  その負担は、結局相模自身が背負うことになり、毎日深夜まで激務が続いた。  嫁ぎ先の決まった、名家の令嬢だった妻のフウカは、間違いの無いように大切に育てられ、高校を卒業してすぐに相模と結婚したために、働いた経験などまったく無く…  夫の仕事を理解するよりも、妻の自分を何よりも優先させるべきだと主張した。 「いつも仕事で忙しいと妻の私を無視して!! 本当は愛人と遊んでいるのでしょう?! 私が何も知らないと思って好き勝手して、バカにしないで!!」  子供のようにフウカは顔を真っ赤にして怒り、夫に食ってかかるようになった。   「バカにしているのは君の方だフウカ! 私が仕事もしないで、遊んでいるような言い方をしないでくれ!!」  帰宅してから毎晩、深夜すぎまで相模が書斎で仕事をしていても…  フウカは自分に都合の悪いことはすっかり忘れて、夫を責めることに夢中だった。 「私に子供が出来ないのは、あなたのせいよ!! 全部あなたが悪いのに、お義母様は私のせいだと責めて… 相模の人たちは、本当にひどい人たちばかり!」  子どもっぽく怒りを爆発させて泣きわめき、フウカは相模家への不満をまき散らした。 「私だって君を軽んじるつもりはないさ… だが今は責任ある立場に置かれ、気が抜けない毎日を送っている! まともに休むひまも無いのに、私のどこに愛人を作る余裕があるというのさ!?」  結婚して1年も過ぎると、フウカは妻というよりも、相模には甘やかされて育った、我ままな子供にしか見えなくなっていた。 「だって、あなたは働かなくても暮らせるぐらい、お金は持っているでしょう?! どうして働く必要があるの?」  相模が働くこと自体を、フウカは本気で疑問に思っていたのだ。 「君は私に遊んで暮らすような、つまらない人生を送れと言うのか?! 冗談じゃないぞ!!」  この時相模は、妻との価値観の違いに、心底ゾッ… として、この結婚は間違えだったのだと思った。  お互いが歩みよる努力をすれば、夫婦円満になれると、思い込んでいた自分の見通しの甘さを痛感した。 「あなたと愛人がホテルに入るのを見たと友達が言ってたのよ!! その話を聞いて、どれだけ私が傷ついたか、あなたに分かる?!」  相模が秘書と参加した仕事関係のパーティで、フウカが信じる友人に会い…  不意打ちでオメガのフェロモンで誘惑され、危ないところを秘書に救われたことがある。   そんな話を正直に相模が話しても、浮気をしたと思い込んでいるフウカは、信じてはくれなかった。 「君は嫉妬交じりの悪意が込められた友人の作り話は、簡単に信じるくせに… 夫の嘘偽りの無い話は、何1つとして信じようとしないな」 「何て汚らわしくて、醜い人なの?!」  最期には嫌悪感をあらわに、夫を拒絶しベッドからしめ出す… それがいつものパターンで… いつまでたっても、子供が出来ない理由だった。  相模自身も子供のような妻を、抱く気にはなれず…   そんな子どものような妻が、大嫌いな相模の子を産んでも、良い母親になれるとも思えなかった。  高校を卒業したばかりで、母親になるのは可哀そうだと相模は気づかい、フウカと子供を作るのを先のばしにしていたことも、間違いだったのだ。 「・・・・・・」 <少なくとも、あと5年… 私たちは結婚を遅らせるべきだった… その5年でフウカは大学へ行き、もっと経験を積み、精神が成熟し大人になっていたなら、違う未来があっただろう>  処女にこだわりのない相模は、フウカが誰かと恋愛をしてもかまわなかった。  それで真に愛する人をフウカが見つけたのならば、心から祝福し婚約を解消していただろう。 <結婚前に少しでも、自分の婚約者に興味を持ち、フウカのことを気にかけていたら… 18歳のフウカにとって、早過ぎる結婚だとすぐに気付けたはずだった>  相模の婚約者に対する無関心は、怠慢(たいまん)以外の何ものでも無い。  書斎の本棚に飾られた、ウエディングドレス姿ではしゃぐフウカの姿を、相模は苦い思いでいっぱいになった心で、しばらく見つめた。  「自殺に追い込んだのは私だ!」  オメガはその体質のせいで、アルファやベータに比べ、不安定な気質を持っている。  その気質が番となったアルファに依存し… アルファもまた依存されれば強い執着が生まれ、独占欲が強くなり妻を盗られまいと、近寄る者に対して攻撃性が高くなる。  フウカの未熟さが、オメガの典型的な気質を制御することが出来ず、悪い方へ、悪い方へと向かい… そこを信頼していた意地の悪い友人の悪意にさらされた。  自分の番に依存したいのに、依存できない… そんな矛盾(むじゅん)に苦しみ、最後にフウカは死を選んだ。  自殺した妻の代わりに、オメガのマキを救うことで… 相模自身も救われる気がしたのだ。

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