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第14話 マキの将来

 大学の研究棟の脇から裏へ回り、そこからさらに少し歩いて、小さな林を抜け敷地の1番はしまで来る。  目の前の林が目隠しになり、目立たない場所だけど、研究棟の人たちが時々来るらしく…  設置してある古いベンチは、放置されているように見えるが、足元を見るときちんと草が抜かれていて、実はちゃんと手入れがされているようだ。  マキが大学に入ったばかりの頃、変な人たちに追いかけ回されて、とにかく逃げ回っているうちに、ここまで行きついたのだ。   「なるほどね、確かにここなら落ちつける…」  ベンチの前に立って、くるりと360度身体を回し、相模は景観をながめる。 「ただ、すごく遠いから… 鯉山君と一緒にいるようになってから、滅多に来なくなって」  ベンチに荷物をドサリッ… と置いて、マキはペタンッと座るが、相模はベンチから2,3歩離れて立ったままだ。 「私は少し離れているよ… 君の発情が少し治まるまで」 「うううっ…! すみません…!!」  無性にマキは股間を隠したかったが… 足を閉じて前屈みになり、赤い顔を伏せることで我慢する。 「話というのは… 私は仕事の拠点を日本からフランスに移すことになってね、来週には向こうに立つつもりだ」  恥ずかしそうなマキを見守りながら、相模はどこか緊張ぎみのようすだ。 「え?!」  ハッ… と顔を上げて相模の顔を見ると、視線がからみあい… マキの心臓がドクンッ… とはねた。 「物理的に距離ができるが、まぁ今までとあまり変わらないと言えば、変わらないしね」  苦笑して、相模の方が先にマキから視線をそらし、林の中の2人で歩いて来た道を振り返る。 「それも、そうですね…」 <確かに… エイジさんと直接対面したのはこれが初めてで、いつもはスマホ越しで話しているから、距離は関係無かったけど…>  理屈では相模の言う通りだが、マキは心理的にも急に距離ができた気がして、寂しさを感じた。 「それともう1つ、君の将来についてなのだが…」  林から視線をマキにもどし、相模は何かを見定めるように、ジッ… と見つめた。 「はい?! 僕の将来… ですか?!」  いきなり話が飛んで、マキは戸惑ってしまう。  大学に入ってからしばらく経つが、まだ手探り状態で… そのうえマキはオメガだから、この先どうなるか見当もつかない。 「実は私の会社で試験的に始めたことがあって… ぜひ君にも大学を出たらチャレンジしてもらいたいと思っている」 「エイジさんの会社で… チャレンジ?」 「いわゆる多様性を重視して、いろいろな人材を入社させているのだが、その中で 『オメガ枠』 と言うのを作ったんだが… オメガの体質を考えてサポート体制もこれから整えて行くつもりだ」  元々、『社会貢献』 の意味合いで始めた会社の方針だが、今では 『社員の多様性』 へと方向転換して、相模の会社で障害を持つ人たちや、何らかの事情で出社できない人たちを、積極的に採用している。  オメガに対しても、その応用で対処しようというのだ。 「ああ! 僕がその『オメガ枠』 というのを利用して、エイジさんの会社に入社しろという意味ですか?」  「うん… どうだろう、興味はある?」  「あります!!」  ぱっ… と立ち上がり、食いぎみでマキは答えた。 「そうか! 今まで無かったことの方が驚きなんだが…」  ホッ… と相模は胸をなで下ろし、微笑んだ。  マキの為に相模が考えた、自立の為の支援策である。 「ああ~ でもエイジさんの会社って、すごく大きな大企業ですよねぇ? オメガでなくても、ハードルが高い気が…」  腕組みをして、首を捻りマキは考え込む。 「そこは、『オメガ枠』 だから」  ぷはっ… と楽しそうに相模が笑う。 「あ! つまりオメガなら入れる枠ですか? 学業成績とか面接とかは二の次で? それはそれで、僕のプライドが痛むような… でも、ありがたいけど…」  急にマキの顔がしかめっ面になる。 「うん、だけど一定の基準は越えてもらわないと… この大学のレベルなら、マキが中の上ぐらいの成績をキープしてくれれば間違いないだろう」 「ううっ!! 結構ハードル高めですね…」  大学入試で、かなり背伸びして入ったマキには少々どころか、結構キツイ。 「君が大学生活を、羽を伸ばして遊び呆けるつもりならね」  たじろぐマキに、ニヤリと笑う相模。 「確かに… それは無いかな?」 <目標があれば、何とかやれそうな気がするけど…>  女遊びをするわけでも無く、趣味に没頭して、学業をおろそかにするわけでも無い。  何より、生活費の足しにする為、毎日アルバイトをする、地方出身の真面目な学生、親友鯉山の前で… 学費を無駄にするような、怠惰(たいだ)な姿を見せて嫌われたくないマキである。

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