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第16話 膨らむ欲望 相模side

  出会ったばかりの頃は、自殺した妻フウカの代わりに、マキを支援することで…  相模は救われる気がした。  …だが、実際に相模を救ったのは、無邪気で軽やかなマキの声だった。  日常の細やかな出来事を語る声は、生きることを心から楽しんでいて… マキをもっと驚かせたり、笑わせたくて、相模のちっぽけな学生時代の思い出を、夢中で語った。  実際に会うつもりなど無かったのに… いざ自分が日本を離れるとなると、急に名残惜しくなり、大学の学長に別れの挨拶を済ませると…  ほとんど衝動的にマキがその時間にいるであろう学食へと向かい、一目姿を見てから帰ろうと思った。  だが、学食にマキらしい人物がいるが、本当にマキかどうか分からず…  そんなアクシデントに見舞われると、せっかく捜しに来たのにとムキになり、何が何でも確かめなければ気が済まなくなった。  上着の内ポケットからスマホを取り出し、学食の入口で確認の連絡をすると、相模の耳にすぐ近くからマキの生の声が飛び込んで来て、今度は直に話をしたいと…  機械越しの通話を切りマキの肩をたたき…  今夜、話すつもりだった内容を、前倒しにして話すことで、急に顔を出した理由を上手く誤魔化した。  こうしてどんどん相模の欲望は(ふく)れ上がり、今はマキを膝に乗せ、唇を奪っている。  キスをするのを中断し、マキの顔をじっくりと鑑賞した。 <こんなに綺麗だったのか? …いや、マキは最初から綺麗だった!>  こっそり盗み見た時は怯えて泣いていたからか、実際、マキを間近で見ると全然印象が違って見える。  長いまつ毛でふち取られた目蓋(まぶた)をゆっくり開き… マキを見つめる相模の顔が潤んだ瞳に映り込んでいた。  赤く腫れた下唇の輪郭にそって親指でなぞると、唇が薄く開きもっとキスが欲しいとねだられている気がして、再び唇を合わせると…  マキの腕が相模の首に回り、ギュッとしがみついてくる。  ニヤリと笑い、相模は唇を離し、マキの頬や額、耳へとキスを順番に落とす。  マキの顔を見ようと相模が視線を上げた時に、木の間からちょうど研究棟が見え、窓に人影があることに気付いた。  少し遠いが、相模から人影が2人ほど見え… 相模が見えるということは、研究棟からも相模たちが、丸見えということになる。  2人が窓辺に並んで立っているように見えるのは、つまり相模たちを鑑賞しているのだと思い至り、ヒヤリと肝が冷え、一気に理性が戻って来た。 「ダメだ… マキ!」  ハァッ… ハァッ… と荒い息をはきながら、相模は頭と身体の熱を冷まそうとする。    大学へ訪れる前にアルファ用の抑制剤を服用した相模だが、実際に意中のオメガを前にすると、これほど辛いとは思わなくて、苦痛に負けそうだった。 「…っ? エイジさん?」  不安そうに名前を呼ぶマキのひたいに、相模は自分のひたいをピタリとくっつけた。 「すまないマキ、理性が飛んでしまった!」  マキの身体からもフワフワと誘惑フェロモンがあふれ出していて、相模がほんの少し気を許すと我を忘れそうになり… 膝からマキを降ろし、隣に座らせる。  赤い顔で大きなため息をつき、マキは相模をジッと見ていた。

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