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第17話 距離

 ベンチから離れ相模(さがみ)は距離をとる。  自分から離れようとする相模に、マキはすがるような思いでジッと見つめ、心の中で言いつのる。 <何で僕からそんなに離れてしまうの?! もうキスはしないの?! 僕はもっとしたい!! 今すぐ続きをして!!>  少し前までの距離が恋しくて、カバンをベンチへ置いたまま、マキはヨロヨロと立ち上がり相模に近づこうとするが… 「あまり近づかないでくれ… 君のフェロモンが…」  さっ… と手を上げて、相模はマキが自分に近づくのを制した。 「あ!」  相模のキスに夢中で… 自分が発情しかけていたことが、頭からすっぽり抜け落ちていた。  急に恥ずかしくなり自分の身体から、少しでもフェロモンが出ないよう…  自分で自分を抱き締めるように手を身体に回し、そのままベンチの前でマキは呆然と立ちつくす。 <そうだったのか… エイジさんは僕のフェロモンの影響で、僕にキスしたんだ?! そうだよ! エイジさんに会ってすぐ発情の徴候(ちょうこう)が出て、僕の身体が困ったことになってたのを、何で忘れていたのだろう?>  恥かしくて、みじめで… マキは本気で泣きたくなった。 「ごめんなさい…」  ギュッ… と眉間に力を入れて、これ以上恥をさらしたくなくて、マキは涙があふれ出さないように、必死で我慢する。 「謝るのは私の方だ… 君に悪いアルファの見本を見せてしまったな…」  顔をふせ相模も、深く後悔しているようすが、マキの胸をえぐった。 「悪いアルファだなんて… 悪いのはフェロモンを抑えられない僕の方だし…」 <こんなこと… エイジさんに言わせたくないし、言われたくもない!!> 「違うんだマキ! 私が先に君を誘惑した、それだけ君が欲しかった!」  マキの心中を察して、相模はなだめようとするが… 「エイジさん?!」 <今、何て言ったの? 僕の聞き間違い? エイジさんも、僕に興味があるということ?>  マキの顔に喜色が浮かぶが、相模は視線をそらしていたせいで、その顔を見ていなかった。 「だが、間違いだった… 途中で止められたのは奇跡だよ! また私は間違えを犯すところだった」   ようやく顔を上げて、マキと視線を合せたが… 相模の言葉がマキには気に入らなかった。 「僕は止めて欲しく無かった! だって驚いたけれど、すごく自然な感じがしたし… 嫌でも無かったし… エイジさんのキス…」  恥かしくて頬を赤らめながら、マキの気に入らなかった言葉を、相模に撤回して欲しくて、自分の気持ちを素直に伝えた。  だが… 「それは君がまだ若く、経験が少ないからだよ」 「そんなっ…! 違う!」 <確かに誰にもキスをされたことが無かったけど、それとこれとは関係ない!!>  自分の気持ちを否定されマキの中に、ジリジリと怒りが込み上げる。 「君がもっと経験を積んで… 恋愛もたくさんすれば、いずれ分かることだよ」 「恋愛なら、今しています! あなたが好きです!!」 <鯉山君にたずねられた時は、まだ分からなかったけど… こうして本人を前にすると、よく分かる! エイジさんが、僕からほんの少し目をそらすだけで、悔しくて泣きたくなるぐらい、僕はエイジさんが好きなんだ!!> 「私ではダメだよ… 君のことが好きだけど、自信が無いんだ」  フッ… と相模がマキから視線をそらし、マキの胸がヂクリッ… と(うず)く。 「何ですかそれ!! 僕が子供だからバカにしているのですか?! 止め下さい、そういうの!!」  興奮が頂点に達してしまい、マキは叫ぶように声をあらげてしまう。 「マキ…」  マキが興奮し、怒れば怒るほど、相模の脳裏に妻との悪夢がよみがえり、冷静さを取り戻して行った。  不躾(ぶしつけ)な視線に耐え、厳しい現実にうんざりしていたところへ、下劣なアルファに襲われ人間不信を深め、臆病になっていたマキと同様に…  妻に自殺された相模もまた、オメガに対して慎重というよりも、むしろ臆病になっていたのだ。 「機械を通した付き合いだったから、今まで君と上手くやって来れたのだろうね… 実際に会うと、私は自分を上手く制御できなかった… これは単にフェロモンの影響だけでは無いんだ」 「わけが分からない! 好きと言ったかと思えば、今度はダメだって?!」 <本当に何がどうして、エイジさんは僕を、突き離そうとするんだ?!> 「本当にすまない… 今は帰るよ、今夜連絡するから、その時にもう1度、話し合おう」    大きな後ろ姿が、研究棟を曲がり見えなくなるまで見つめ続け…  1人残されたマキは、途方に暮れた。

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