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第35話 こっそり出社。

 結婚して4日後――  早朝に出社する夫を、ベッドの中から見送った後…  マキは夫に隠れてこっそり自宅に帰り、服を着替えて通勤ラッシュでギュウギュウ詰めの電車に乗り込んだ。  出社したいと夫に一言でももらせば、絶対に行くなと反対され、足腰立たないぐらい抱かれてしまうから… とにかくマキはこっそり行くのだ。  夫はマキを(つがい)にした時点で、どうやら会社は辞めさせるつもりだったらしい。  自分が暮らすガーランド・ホテルの部屋に、意識を失ったマキを連れ込んだ時に… マキの上司と連絡をとり、マキの今後についてを、勝手に話しあってしまったのだ。 『会社のことは心配しなくても大丈夫だ、君の上司とは話をつけてあるから』 <だけど、エイジさん… 話をつけたってさぁ…? 会社のトップが言うことなら、話し合いでは無くて、僕の上司に命令したんだよね? せめて引継ぎだけでもしないと!>  毎日地道に積みかさねてきた、マキへの信頼がくずれさったような気がして…  マキの社会人としてのプライドが、今はボロボロになってしまったのだ。  電車をおりて、ビジネスマンの標準装備の軽いナイロン製のバッグを片手に…  会社までの見慣れた道を足早に歩きながら、マキはブツブツと独りごとをつぶやいた。 「僕だってわかっているさ! 会社を取るか、エイジさんを取るか… 今は二者択一の状況なのは」  もちろんマキは迷うこと無く、夫のエイジを選ぶ。 「これは単なる僕の我ままでは無くて、ケジメなんだからね、エイジさん!」 <どちらにしても… 何年もお世話になった会社の上司や同僚たちに対して、ケジメを付けなければ! 真面目に生きて来た社会人として>  夫をだましてこっそりと出社する罪悪感から、弁解の言葉がマキの口から次々と出る。  妊娠したかどうかはまだ分からないが…  (発情期のオメガはかなりの確率で妊娠するらしい)  毎日、マキを求め抱こうとする絶倫夫のことを考えれば、今はまだ妊娠していなくても、このままだと近い未来、確実に妊娠するとわかっている。  以前…  オメガ専門医にホルモン治療を受ける前に、マキの身体に問題は無いか確認する為に、精密検査を受け生殖能力は何も問題は無い健康体だと診断結果をもらっていた。  だが、男性オメガの身体で妊娠すると、母体にも胎児にもかなりのリスクが付いて回る。  つまり以前よりもマキの身体は、無理が出来なくなり、残業続きの毎日には戻れないという意味だ。 <ああ、職場のみんなには、本当に心苦しい… 何の準備も前触れも無く、いきなり何日も休んでしまって… その上、辞めることになるなんて!!>   マキとしては、本当はもっと働きたかった。  いくつか重要案件もまかされて、やり甲斐(がい)のある仕事だった。  この状況ではマキの妊娠問題もあるが… 会社のトップと結婚したのだから、それではマキの事情を知っている上司が、夫とマキの間で板挟(いたばさ)みになり、気まずいことになるだろうと想像もできる。  最後には、やっぱり自分は辞めた方が迷惑がかからないという結論になるのだ。  フウウ――――――っ… とマキは長い長いため息をつくと…  朝日が窓に反射してキラキラと輝く、堂々たる自社ビルの前で、一旦立ち止まりスッと見上げた。  バッグから社員証を出して、機械でチェックしてから社内に入る。 「ああ、良かった! もしかすると、社員登録も抹消されてるんじゃないかと思ったけど…」  なんせマキの夫は、恐ろしく手際の良い男だから。 <まぁ有能なのは、誰が見ても明らかだけどねぇ~♡>  エレベーターの前で、苦笑いを浮かべるマキ。

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